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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 65&66

【前回】



●65
 暗い「ヘンリーズ」の店内。ブロンドは銃を抜いた。トゥコは立って椅子の後ろに回って背を握った。武器にするつもりだ。先日使った刃物は倉庫のどこぞにしまってある。
 ウエストとモーティマーは数歩後ずさり、身構えた。ダラスは魂をなくしたように座っていた。脇の下に奥方を撃った銃を下げているのに。
 ジョーは布を取り去ってから、動かず、椅子に座ったままだった。
 

 ──ランプの光がゆらめく中、しばらくそのままの状態が続いた。 
 何の音もしなかった。


「…………これは、どういうことだ?」
 沈黙を破ったのはブロンドだった。
「『どういうこと』?」
 ジョーが聞き返した。冷たくて平べったい、遠くから聞こえてくるような声だった。
「これだ。この、お前の首だよ」
 ブロンドは銃を構えていない方の左手で丸テーブルのひとつを押し倒して転がした。
 そこには袋や箱が6、7個ばかり隠されていた。どの中にも首が入っているはずだ──そう、ジョー・レアルの。
「これは、この、106ある首は、一体、なんなんだ」
「そうだ!」トゥコが震える声で続ける。
「こりゃ……この首は誰なんだ? お前は本当にジョーか? 悪魔かなんかじゃないのか!?」
 そう問うと、ジョーはゆっくりと立ち上がった。ランプの淡い光が体を照らして、全身がゆらゆら不確かになっているみたいに見えた。
 俺たちは野郎が何かするんじゃないかと気を張ったが、ジョーはただ立ち上がって、ただ静かにこう言った。
「お前たちには、その袋や箱に入っている首が、ジョー・レアルの首に見えるんだな?」
「そうだ……違うのか?」ブロンドが動揺して言う。
「俺が持ってきたこの首も、ジョー・レアルに見えるのか?」
「それは……それは別人だ……似ているが……。そうだろう?」
 それらの質問にジョーは答えなかった。
「そして、ここにいる俺が、ジョー・レアルに見えるんだな?」
「ちくしょう! 早く、答えやがれ!」トゥコが毒づく前にウエストがつっかえながら叫んでいた。

「答えも何もない」

 ジョーはそう答えた。

「今起きていることが全てだ」

 死んだように静まり返ったバーの中で、その声だけがぴしぴしと響いた。

「ここに俺の首が106つあって、俺のものでない首が1つあって、そしてここに俺が来ている。
 俺はジョー・レアルで、この1つはジョー・レアルではなくて、そこらにある首はジョー・レアルだ。──それが、ただ、起きているだけだ」 



●66
 ──それは、俺たちの求めていた答えではなかった。
 俺たちはジョーに、「お前たちに呪いをかけた」とか、「恨みを晴らしにきた」とか、そういったわかりやすい言葉を求めていた。言われたくはないが、まだ理解のおよぶ背景を。理由を。
 だかジョーは「そんなものはない」と言った。

 俺たちの覗き込んでいる穴が、どんどん深さと暗さを増していく──

「お前たちは俺が、何かをしに来たのかと思っているのだろう」

 ジョーは俺たちの心を読んだみたいにそう続けた。あくまでも平べったく、薄く、印象のない声色だった。

「お前たちは俺が、怨念を抱えた幽霊となったとか、悪魔と契約して復讐に来たとか、魔法を使って首を増やしただとか、そう思いたいんだろう。
 だがどれも違う。俺は何もしていないし、何かをしに来たのでもない。俺はただここに来た。そこには理由も背景もない。首もただ106つあるだけだ。俺は何もしていない。 
 俺はこれからも何もしない。ただ起きるべくして起きることが起こるだけだ。
 俺がここにいて、お前たちもここにいて、106の俺の首がある──それが全てだ」

 それとも、とジョーはまだ言葉をつむぐ。

「お前たちは俺に対して、大きな罪の告白でもしたいのか?」

「冗談じゃねぇやっ!」
 トゥコが椅子を振り上げてぶん投げた。ジョーは一歩分だけ後方に動いてそれをかわした。
 床にぶつかってバラバラに砕ける椅子。だがジョーはちらりと、自分の脇の位置に来たダラスの顔に目をやっただけだった。
 ダラスはヒッ、と短く叫んで立ち上がり、転びそうになりながら後ろ向きに進んで、5歩ほど背後の椅子に飛び込むように座った。椅子がその体重できしんだ。

「誰がてめぇなんかにザンゲなんかするかよぅ!」 
 トゥコは今日はまだ酒をほとんど入れていないのに顔の色を変えて激昂した。
「誰がてめぇなんかに…………」
 しかしその勢いはすぐにすぼまった。

「それなら」ジョーは息を吹きかけるように冷たく応えた。「どうしてお前たちはそんなに怯えている?」

「俺に対して、何かやましいことがあるのか?」

【続く】

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