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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 61&62

【前回】



●61 
 1時間に20ほどの生首が持ち込まれ、ジョーの首が1時間に10くらいずつ増えていくこの状況も怖かったが、何より俺が、たぶん俺たちみんなが恐れていたのは、

「この中に本物のジョーの首はないのではないか?」

 という可能性だった。
 俺が「どっちだか」で遠目に見たジョー。墓場で見た、あの沈痛な顔のジョー。
 持ち込まれた首の半分はどこからどう見てもジョーだったが、これだけ首が出現してしまっては、別のことも考えなきゃならなかった。
 呪い、魔法、悪魔との契約……この際なんでもいいが、とにかくそういった類の、俺たちの理解を越えた可能性だ。
 ドアは押すか引くかすれば開く。引き金を引けば弾が出る。人を襲えば金が手に入る。そういうわかりやすい、西部という土地で生きてきた俺たちには、その可能性は底の見えない穴みたいに怖かった。
 だから俺は──おそらく他の奴らもそうだ──「これだ。これこそがジョーだ。ジョーの首だ」と思える代物を期待して、次々と袋を開け箱を開いていたのかもしれない。10万ドルの支払いなんていくらでも踏み倒せる。俺たちは思いたかったのだ。「ああこれだ。他のは他人のそら似だったんた」と。
 だがそこにあったのはまるっきりの偽物か、あるいは「ホンモノ」だった。どこからどう見ても確かにジョーの首だが、面変りしていたり、髪型が変わっていたり、どこかしら、「本物」ではないような……

 夕方になってようやく、首の客は途絶えた。
 ウエストが外に出て左右を確認して、「誰もいないし、こっちに来る野郎もいない」と言った。
 ダラスはたまりにたまったリストを、指を唾で湿らせながらペラペラめくって数えている。
 ウエストの報告からあとはみんな黙りこくってしまって、ダラスが紙を数える音だけが「ヘンリーズ」に響いていた。

 ピシャッ、と最後の一枚が終わって、ダラスは「ナンバリング通り、確かに、106枚」と言った。
「一応数えておいたが、持ち込まれた『首』の数は212だったよ……そのちょうど半分が『ホンモノ』というのは、偶然にしては……そのう……」
 ダラスがこの状況にふさわしい言葉を探し終える前に、俺は立ち上がった。
「首をもう一度見てみよう」



●62
「…………全部を、か?」
 ブロンドがつらそうに目頭を押さえる。
「とりあえず倉庫からこっちに全部出す。それから、少しずつ丁寧に見ていくんだ。特に後半は、時間と人に追われて流すように見ちまったから、よくよく見れば別人ってこともありうる」
 それに、「これこそがジョーだ」と全員が同意できる首を発見できるかもしれない。
 モーティマーやウエストは諦めたように首を左右に動かした。トゥコも何も言わない。変な汗をかいて、崖っぷちに立たされてるみたいな目で、おそろしく静かにしていた。
 明後日あたりに集まってくる106人の首の持参者の扱いをどうするか、まだそこまで頭は回らなかった。「本物」を持ってきてくれた奴には喜びのあまり勢いで10万ドル払ったかもしれないが──無論、誰にも払うつもりなどない──今のところひとつの首にも確信が持てない。あまりに首が多すぎる。
 とにかく、首だ。

 それから全員で、首の運び出し作業がはじまって、「ヘンリーズ」の床は布の袋やチャチな木箱なんかでどんどん埋め尽くされていった。
 それから、主に俺とブロンドとトゥコが、袋や箱をまた開けて、いくつもの首と再び対面することになった。
 残りの3人も首を出してみるが、結局一度は俺たち3人に「これはどうだ?」「これなんかは……」とお伺いを立てる。

 このあたりの顔はどうも「本物」っぽいような気がする……と思われた首を7つ、丸テーブルの上に置いてじっくり眺めてみたりもした。

 だが何もかもが徒労だった。
 
 とっておいた首はどっからどう見たって、やっぱり「ホンモノ」の、ジョー・レアルの首だったのだ。「本物」と安心できたり、6人が心から納得はできない程度には「ホンモノ」の…………

 
「ふざけやがってよッ!」
 ちびのトゥコは短い足で丸テーブルを蹴り飛ばした。
 上に乗っていたものがごろごろ音を立てて床に転がる。ジョーの首、ジョーの首、ジョーの首……が7つ。
「どうなってやがる」ブロンドも普段の優男ぶりが見る影もない。「これはなんなんだ?」
 そう言って店内を見回す。テーブルの上に床の上、壁のそばにもどこにでも、106つのジョーの首…………


 …………そして今、だいぶ老け顔で、見れば見るほど似ていないように思えてくるジョーの首が、お情けで107つ目に加入しようとしていた。

【続く】

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