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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 92&93

【前回】

●92
 その晩のことだ。俺たちは幾度目かの話し合いを持った。

 ジョーが死にかけているか大ケガを負った。だが逃げられた。
 ……どこへ行った? 

 おそらく賞金が15万だかになるまであと一週間もないだろうと思われた。その話だってどこからポロリと漏れるかわかったもんじゃない。
 つまり俺たちには、猶予がない。
 そう遠くには行けないだろう。しかし、コロラドを中心にして丸を描いて、3州ほどは見ておかないと取り逃がすかもしれない。6人全員でぞろぞろ探すにも時間がない。
「まいったなこりゃあ」酒瓶を片手にトゥコが頭を抱えている。「どうあっても手が足りねぇ」
「足も足りないな」モーティマーが珍しく冗談らしいことを言ったが、顔は笑っていなかった。
 ブロンドもどうにも困ったという風な様子で酒を飲んでいる。どこぞの飲んべえとは違って、きちんと椅子に座り、きちんとコップに注いで飲んでいるが。
「お前ら、それだけじゃあないぞ。ジョーが死んでいればいいが、セルジオの弾が当たっていなかったか──」
 俺は抗議するために身を乗り出しかけたが、ブロンドに片手で制された。
「もしも、の話だ。あるいはケガで済んでいたとしよう。そのケガを癒した後で……ジョーは何をすると思う?」
「そりゃあまぁ、復讐だろうなァ」トゥコが呟く。
 俺も頷いた。墓場で見たあの、何もかもが腑に落ちたといった表情、俺たちをにらんだあの形相を思い出せば、その選択をするのはほぼ間違いなさそうだ。
 俺は座り直した。
「俺たち4人……あるいは3人かもしれんが、顔を見られちまったからな。どんな復讐をされるかわかったもんじゃない。……おいウエスト、聞いてるか? こいつは6人全員の危機でもある。ここにダイナマイトでも投げ込まれてみろ。外にガトリングでも据え置かれてブチ抜かれてみろ。一瞬でこっちが先にお陀仏だ……。おいウエスト、何やってる?」
 さっきから視界の隅でカサカサと、ウエストはペンで紙に何やら書いている──いやこいつは字が書けないから、絵だ。
「お前、こんな時に何を描いてるんだ?」
「……さっき、手が足りない、って、言ったろ。トゥコが」
 ウエストは手を止めず、あまり目を上げないまま返事をする。
「それで思い出したんだ。昔──黒人仲間が、綿摘みがいやで、逃げたことがあった。その時の、農園の、白人が、腹を立てて言ったんだ。『手が足りない、あの黒いのを探すのに』って」
 ウエストはなぜか俺の方をチラチラ見ながら手を動かしている。どうも落ち着かない。
「……それで?」
「簡単に、言うとさ、手を借りたんだ。他の黒人のさ。そこらへんの農園に言って回った、こういう奴を見つけたら、カネをちょいとくれてやる、って──いやな話だろ」
「……そいつを、お前が見つけたのか?」
「そうじゃない。俺は、人探しには出なかった。でもカネはちょっと、もらったんだ」
 ウエストはそこまで言うと、描いていた何かを俺たちの方にパシッと音を立てて広げてみせた。
 俺たち5人はおおっ、とどよめいた。
 そこには俺がいた。
 髪を少し伸ばしてアゴ髭を生やして、目つきの悪い俺の顔があった。サラサラ描いたとは思えない出来ばえだ。
「さぁ、セルジオに、ブロンドに、トゥコさ。教えてくれないか、ジョーの顔を」
 ウエストは久しぶりにニカッ、と歯を見せて笑った。
「こういうのは、何て言うんだっけ? ニンソーガキ……人相書き?」

 人手が足りないなら、借りればいい。
 悪漢ジョー・レアルをやっつけるのに、平和に暮らしている何も知らない世間の皆様の手を借りるのだ。



●93
 それからは、「どっちだか」での殺戮のさらに倍の速さでコトが進んだ。 俺とトゥコとブロンドがジョーの顔つきを伝えると、ウエストはうんうん頷きながら試し描きする。鼻はもう少し高くだの目はもう少し優しくだのと言っていると、みるみるうちにジョー・レアルの人相書きが完成した。
 俺もトゥコもブロンドも頷いた。充分な出来ばえだった。
 すると後ろからは「こんなものでどうでしょう?」と声がした。
 見ればダラスが1枚の紙をこっちに向けている。さっきのウエストみたいに得意気な顔つきだ。
「過不足なく書いたつもりなんですがね? どうでしょうね?」
 その紙にはこう書いてある。


 この者、アウトローの仁義に
 反した者ゆえ、当方で賞金を
 かけるものなり
 生死を問わず 体を下記に
 持参した者には 10万ドル


「『アウトローの仁義に反した』ってのはうまく言ったもんだがよ、10万ドルなんて大金は……」
 トゥコはそこまで言ってふと口をつぐんだ。それからニッと笑う。悪い笑みだ。
「……払う必要はねぇ、ってわけだな?」
「そうです」ダラスが頷く。
「とりあえずジョーの体が届けばいい。その人には『カネは銀行にあるから、明後日にでも来てくれ』と言いましょう。手付けに1000ドルばかりなら前金でくれてやってもいい。引き換えの紙でも渡して、ではまた明後日、と言い、そして我々は」
「ここをすっかり引き払うというわけか」ブロンドが引き継いだ。
 いい作戦だ、と俺も思った。だが問題が2つある。
 1つ目。俺はダラスの後ろで黙っているモーティマーに近づいていった。
 案の定モーティマーはソワソワしている。奴は誰にも聞かれないよう小声で話しかけてきた。
「ここを引き払って、逃げるのか?」
「そういうことになる。持って来た奴がそこらへんの農夫ならかまわないが、俺たちより怖いタイプのならず者ってこともありうるからな」
「しかしな……」
「ともかく、賞金を踏み倒した上に『15万ドル』を手に入れたとなれば、こっちも追われる身になるだろう。少なくとも州を5つは離れて逃げなきゃいけない」
「だがな……」
 モーティマーはそのあたりのことはわかっているはずだ。しかし、例のアレを気にしているのだ。
 俺はさらに小声になった。「……床下の……アレが気にかかるのか?」

【続く】

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