ポケット大増殖 #毎週ショートショートnote
「あなた、これを無くさないようにしてね。」
妻はそう言うと、私のベストに新しいポケットを縫い付け、小さな鍵を放り込んだ。
最近、妻の様子がおかしいことには気づいていた。
事の始まりは、近所に空き巣が入り、
「次は、この家が狙われるに違いないわ。一人じゃ心配。」
と不安を訴えたときからだ。
結婚して5年。子供はまだだが、妻には専業主婦をしてもらっている。
心配性の彼女は、玄関に沢山の鍵をつけ始めたのだ。
5個までならガマンできるが、気が付くと10個を超えてしまった。
困ったことに、鍵を開ける順番が決まっており、間違わないようにポケットに番号を付け、1個のポケットに1個のキーを入れるベストを渡されたのだ。
しかし、鍵は増え続け、新しくポケットも縫い付けられたのだ。
これからもポケット大増殖は続くのだろうか。
そんな心配をしながら、私は駅に向かった。
同じようなポケットだらけのベストを着た若者が、嬉しそうな顔をしながらすれ違ったことに気づかないまま。