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出張先の札幌で、小学校の同級生とすれ違った。それはあの人に似ている、とふと思うような感覚…
生花店で一目惚れをしたコットンボールを買った。僕はそれを枕元に置いた。コットンボールが深…
水抜栓が閉まっていることを確かめてから、給水栓を開く。二週間ばかり部屋を開けている間に、…
魔女は今日も何かの内臓をコトコトと煮込んでいる。庭でハーブを摘むのは僕の役目だ。でも、い…
堆積した雪がある。凸凹を牡丹雪が化粧をして、無印のゲルみたいに整っている。僕はそれを汚し…
吹雪が僕のマフラーを奪った。僕はそれを掴もうとして、さしていた傘を手放してしまった。マフ…
「映画の話?」 ベニスに死す。私はその名前をどこかで聞いたことがある。 「このカクテルの名前だよ」 彼はグラスの脚の付け根を、薬指と中指のはらに挟みながら呟いた。彼のグラスの扱いには品がある。グラスの扱いだけは嘘をつけない、っていう科白は何の映画のものだっけ? 「デス、イン、ヴェニス」 私は彼の流暢な発音を意識して、その名前をそらんじる。デスインヴェニス。私は彼に目配せをして、そのカクテルを口に含む。とても優雅な味わいで、私はその名前が不適切であると感じる。 「可
僕の意識は誰もいない教室に移る。モノクロで、音もない。教室は僕の記憶にある教室ではなくて…
僕は生き霊と分離し、彼に社会生活を送ってもらうことにした。 「こういうのって、普通じゃな…
ベッドのヘッドボードには5つのショットグラスがある。彼はいつも眠る前にそれをしつらえ、思…
「俺みたいな奴ばかりじゃないからさ、気を付けた方いいよ」 初めての幽霊は、僕に忠告をして…
「幸せは振り返らないと見えないものよ」 しかし僕は認めたくなかった。しかし振り返れば終わ…
涙が裁断された。私の湿った眼球を縫うように鋏が這い、涙という現象として裁断された。誰かが…
彼は私をヒロインとして描いた。私の名前を付した、私の身体的特徴を備えた、私の言語感覚を共有したヒロインが、その物語には存在していた。私は恍惚した。それは歪な恍惚だった。自分が選ばれた優越感と、言語化できない背徳的な快感が混濁し、私を飲み込んだ。その濁流はあまりに激しく、彼が描いた私を粉砕してしまいそうだった。私は何とか踏ん張り、形を保った。それは、とても敬虔な姿勢だった。 しかし、物語の途中からヒロインに私でないものが、私にはない要素が注がれ始めた。ヒロインは私が着ない服を