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ヨロイマイクロノベルその10

91.
小人が籠を担いでベッドを走り回る。かけ声を発して何周もする。前は父、後ろは祖父の姿だが、どちらも亡くなっている。目が覚めた私は中に何が入っているか尋ねる。小人は走りを止めず、ぶれた声で「栗だ」「いちごだ」とそれぞれ違う答えを返す。ただ、籠からは魚の匂いしかしない。


92.
春の午後、強烈な引力で太い樹の幹にくっついて以来、そこから動けない。咲き誇っていた花も散り、やがて初夏も過ぎる。濃度を増した緑葉の下に私は留まり続ける。木洩れ日が肌の上に不気味な影模様を描く。それは日が落ちるまで絶え間なく変わっていく。私はそれを眺めて暇をつぶす。


93.
宿の庭園には古木があって、その下には何ものも寄り付かない。午後2時過ぎには薄暗闇からぬらぬらとした幻影が伸びる。私はテラスからそれを眺めている。犬が距離をおいて周辺を駆ける。空が一気に曇る。ぬらぬらが闇の奥に引っこむ。犬の姿が見えなくなった。そして雨が降り始める。


94.
百物語の準備中からもう幽霊が現れている。まだ一本目のろうそくを置いたところだ。変な幽霊。むこうから挨拶してくるし。ため口だし。血は流してるけどエコバッグ抱えてるし。葱が飛び出てるし。ろうそく並べるの手伝ってくれてるし。本番のときに出るタイミングまで教えてくれるし。


95.
コスプレがしたいと母の幽霊が言う。すでに白装束姿なのでそれはもうコスプレみたいなのだけれど、私は黙っている。ハロウィーンも近いから。もう終わったよ、と言わずに私は尚も黙っている。ひたすら黙っていると母の形が崩れていく。幽霊でもない、飴色のふわふわした何かに変わる。


96.
人形遊び用の小さな階段に松虫たちが陣取る。各段に居座り、各々のタイミングで鳴く。それが重なることはない。一つひとつ部屋に響き、空気をそっと震わせる。どの段の虫が鳴いているのかわかり始めたころ、季節は終わる。赤い階段の死骸を始末し、私はかけ布団を厚めのものに変える。


97.
肩に虫を乗せた女と列車で移動している。女の左肩で鈴の音が鳴る。窓際に座る私は置き去りにされた景色を見やる。虫の音が聞こえるたび、口内で甘みを感じる。遅れて車掌がやってくる。女は肩の虫をつかみ、それを切符だと言い張る。鈴のやわらかい音が響き、口の中はさらに甘くなる。


98.
誰もが思い思いの種を植える中、私は「げ」というささやきを土に埋めた。季節は過ぎゆき、花が咲く。実がなる。私のスペースは変化なく、冬が近づく。紛れ込んだ色鮮やかな落ち葉の下から、ようやく「げ」が這い出てくる。私が挨拶するとかわいらしい「げ」から濁点がはらりと落ちる。


99.
先月に続き、雷様がへその回収に現れる。玄関先で太鼓を鳴らしてうるさくてたまらない。こちとらおへそは一つなんです。そんな言い分も無駄だ。来週までに用意しろよ、と言い残して雷様は去る。こうなったら団地の面々のへそを取り立ててやる! 俺は決意を固め、不意に天を見上げた。


100.
稲妻と共に川へ落ちてきた夜の国の娘。以前、火星の子に恋して苦しんだ僕はクールに接するつもりだった。けれど十五歳を迎える彼女に河原の石をあげたあと、僕はまた恋に落ちる。ずっと夜は来ないし、空は青いままだ。翠の石を首に下げた彼女はときどき手のひらから小さな雷を落とす。


(ひとこと)
 およそ1年近くかけて100個のマイクロノベルができあがりました。普段、まずツイッター上で書いて、それを10個ずつまとめたものをこうしてnote上で公開しています。わけのわからない、オチのないものもほとんどで、変なスケッチみたいなお話(の一部)ですが、今後も続けて書いていきますので、少しでもこのおもしろさが伝わればいいなあ、と思います。書いている私はとてもおもしろいです。
 今後ともよろしくお願いします。また今後は200個まで溜まったら、ひとこと(ではなくなってしまいましたが)、ご挨拶申し上げます。

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