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ヨロイマイクロノベルその8

71.
母が四つ葉のクローバーを封筒で送ってきた。裏庭で見つけたらしい。幸せのおすそわけ。そんな言葉も添えられていた。翌週もそのあとも届く。今や家の周りが四つ葉だらけです。それだけ記す母の達筆さが怖い。私は一つずつ押し葉にする。それらは古いものから段階的に色焼けしていく。


72.
「楽しい工作」の付録を指示通りに切り抜いたところ、怨霊を生み出してしまった。ぺらぺらなので怖くはないけど、ちゃんと呪ってくる。きっちり息苦しくなる。二つに破ってやった。分裂した怨霊はミィミィ鳴く。水を垂らしたら、ジュ、ジュ、と音を立てて蒸発した。結果、楽しかった。


73.
お寺でコケたら、大丈夫ですか、って小坊主が高速で駆けてきたんだよね、それが夏の記憶。坂道を下る途中、そんな会話が背後から聞こえる。私は肩の一部をミニドリルで刳り貫いたばかりで血が止まらない。坂の下に建設現場が見える。キングキング、と作業員たちが誰かを呼ぶ声がする。


74.
この夏最後の花は開ききった状態のまま、今にも落下する。私は枝の下を通り抜けるところだ。橙色の花が落ちる。私が通過する。直後、もう一つ花が落ちる。つまりは橙、私、橙のリズム。夏の終わりに関わったような気持ちになる。けれど私は振り返らず、空気が変わったその先へと急ぐ。


75.
その家のインターフォンにはコントローラーが埋め込まれている。「コマンドを入力せよ」というメモもある。何にも触れず、大声で呼びかける。でも反応はなし。諦めて唯一知ってるコマンドを入れた。ドアが開き、僕は無敵になる。でもたった五秒だけで、靴を脱ぐときにはいつもの僕だ。


76.
白い彼岸花が風に揺れる。小学校の敷地内で赤い花に混じって咲いている。むしろ白が多数派だ。わたしはフェンスに顔を押し付けて眺める。頬の肉が網に食い込む。まぶたが潰され、視界が半分になる。白い花びらの奥には体育館が見える。弾むボールの音がするのに、誰の声も聞こえない。


77.
スマートフォンをアルコールタオルで拭いてたら、どんどん縮んでいった。小さくなったイエローがレモンキャンディーみたい。飲みこむと喉の奥がびりっとして、甘みが広がった。それから僕には電波が見える。みんなのスマートフォンの中に人が見える。あるいはそれが「神様」なのかも。


78.
満月がよく見えるよ、と連れて来られたのは細長いマンションの前だ。空には丸くふくれた月が浮かんでいる。けれどビルは各階に丸窓が一つずつあって、そこから明かりが漏れる。ニセの満月が縦並びになったようで、目にうるさい。しかもどの窓の奥でもガチでうさぎがモチをついている。


79.
強い風が治まったあと、早朝の樹々の間を歩く。地面は深緑色の葉であふれていた。その上を歩くと自分が軽くなった気がする。風の余韻が枝に残る葉を揺らす。ざわめきの中に「待っておくれ」「いかないで」という囁きが聞こえた。季節外れの台風はいろいろなものを置き去りするらしい。


80.
天井裏に放置していたピアノの蓋を開けると、レの上にレモンが置いてある。光り輝く黄色の果実の周りを埃が舞う。それもまたきらきらと瞬く。一瞬、かび臭さを感じたあと、さわやかな匂いが漂い始めた。人差し指でレモンごと押してみる。ファの音が鳴って、とろりと果汁が染み出した。


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