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ヨロイマイクロノベルその11

101.
小人になったわが家族は剪定された樹を囲む。幹は白く細い枝も短い。頂上に紅い星の形をした葉が一枚残っている。ときどき風で揺れる。最初にあの星を取った者を元に戻す、と神が宣言する。けれど、私たちはこの大きさでそれなりに満足しているので誰も動き出さず、ただ寒風に震える。


102.
港の近くに銀杏の大樹が生えている。サーカステントみたいな巨大さだ。それが一夜にしてすべての葉を落とした。倉庫で働く作業員はその音を聞き、世界が終わるのだと思った。朝、樹の周りは黄色いワンピースが脱ぎ捨てられたようだった。葉の一部は風に乗り、船の帆に張りついていた。


103.
夜中、前世が鮫という女とシーソーに乗る。交互に両足をつき、ぴょいと跳ねる。私が浮き、女は沈む。首にまだエラの名残りがあって、ときどき勝手にぱかぱか開いちゃう、と三度上下する間に女がつぶやく。いつの間にか、私の頬から血が流れている。それもまた、ぴょいと跳ねるように。


104.
桃色のイルカが口を大きく開ける。入ってきなよ。声の出どころはわからない。入れないよ。小さくなれば? なったとして出て来れる? 出れる出れる。軽快な会話のあと、わたしは申し訳程度に口内に右手を入れる。あったかいね。イルカはキュウと喉の奥で鳴き、わたしの指先を濡らす。


105.
鍋から大根が飛び出した。コンロに降り立ち、衝撃で端っこが少し崩れた。俺はいいからほかのやつらを助けてくれないか。大根が頼んでくる。寒い時期なものでねえ、とわざとずれた答えを返す。ため息のあと、大根はジャンプして再び鍋に飛び込む。いつの間にか私の口内は火傷だらけだ。


106.
雨の庭に小ぶりな蕪が生えた。片手でそれを抜く。土に埋まっていた部分に息子のひどい悪口が書いてあった。めまいがするが、堪えて蕪を煮込む。小さな蕪蒸を熱々の状態で食べ切り、寝込む。息子が元気そうに帰宅する。わたしは首筋や胸の間の汗を拭う。尚も身体中が燃えるように熱い。


107.
玄関の前で赤鬼が笑い転げている。「予定より早く着いてしまって」と息も絶え絶えに伝えてくる。身体を激しく震わせながら床をごろごろする。私は買ってきたクリスマスツリーを鬼の脇に置き、豆の代わりに鈴を投げつける。赤鬼は大爆笑しながら顔面で受け止め、シャンシャン音が鳴る。


108.
冬のグラウンドに芽が顔を出す。朧げな月光の下、赤子のような泣き声を上げながらぽつぽつと。明け方、タンクトップ姿の男が現れて白線を引く。芽たちはさらに声を張り上げる。ラインパウダーに紛れながら一気に成長していく。体育着の子供の姿にまでなったあと、散り散りに走り去る。


109.
浮き城を高台から眺めている。妻から誘われて訪れた。波に乗って城が揺らめく。こちらに束の間近づき、また離れる。水平線がぎらぎら光る。やがて城はゆっくりと沈み始める。かつて住んでいた人々の声に耳を澄ます。それは波にかき消される。私たちは冷えた手を繋ぎ、二歩後ろに退く。


110.
「百一匹ワンちゃんVS俺」の上映が始まった。「俺」は俺で全身舐められ続ける。飽きて隅でぐるぐるし始めるワンちゃんもいるが、入れ替わり立ち替わり舐められまくる。不感症の俺でなければ映画は完成しなかっただろう。百回以上は見たのに、愛しさのあまり俺は二時間ずっと泣き通す。


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