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ヨロイマイクロノベルその12

111.
朝から玄関先のクリスマスツリーが騒がしい。大量の鳥たちがツリーに宿り、大きな黒い山になっている。めずらしい鳥の姿もあるが、塊の奥に消えた。囀りの総体は異様で、屋内に引っ込んでも気分が悪い。メリクリ、とつぶやいたあと、わたしは昨晩食べたチキンの残骸をシンクに吐いた。


112.
鳥の鳴き声の部署に配属された。昔から声がいいと言われてきたけど、まさか春の担当とは。ただ、すぐには使い物にならず、ひたすら練習させられる。言葉も発せず、名もなき鳥を真似て録音するころにはすでに夏の盛り。私は汗をかきながら山々に咲く花に思いを馳せ、喉と舌を震わせる。


113.
風の色が見えるとしたら真っ青がいいな。視力が弱った母の子供じみた口ぶりに続き、こたつが熱くなる。苛烈な吹雪が窓に打ちつける。外の強風は何色がいいのか、尋ねようとして思いとどまる。母が咳きこむ。私はそれが鈍色に見える。その欠片が天板上に散り、私の右腕にも飛んでくる。


114.
訪問マジシャンは両肩に蟇蛙を乗せる。二匹ともけこけこよく鳴く。両手で覆い、合図と共に開くと蟇蛙は消えていた。料金を支払いマジシャンを帰したあと、鳴き声だけが聞こえる。私はなで肩に手を乗せる。何もないけれどしっとり生温かい。手首の内側から不安定で小さな鼓動を感じる。


115.
今のは緑だな。遠くで雷鳴が響く度、何色の雷様によるものか当てようとする恋人。旅行中なのに悪天候のせいで出かける気にもならない。しばらく無視していたけれど、山吹色かな、とわたしは適当に答える。やるじゃん、という表情を浮かべ、恋人はガラス窓にぴたりと左頬をくっつけた。


116.
周辺の村々が順繰りに秋祭りを終えたあと、山麓の老女たちは早朝から歩く。無言で列を作り、田園をゆるりと巡る。鈴や太鼓の音は鳴らない。平地以外の領域には立ち入らない。やがて赤犬が最後尾につく。吠えず、遅々たる歩みで進む。山の裏に陽が沈むころ、犬が消える。女たちも散る。


117.
草むらに潜む虫たちが夜空に向かって鳴く。それに連れて星が動く。仔馬を象る点が離れていく。大きな馬となり、二体目のペガサスに変化する。そのあと古い時代の戦車が浮かび上がる。それはゆっくり動き出す。虫たちは鳴き声を絞り出し続け、朝を迎える少し前に戦車は解体させられる。


118.
モノマネタレントのマネをするタレントを集める。これまで散々マネされてきたオリジナルタレントがそれを審査する。10点、10点、10点……とフィーバーする刹那、時空が歪む。ステージを中心にすべての表裏がひっくり返るから簡単に世界は終わるよ、とコロッケは悲しそうにつぶやいた。


119.
赤茶けた鳥たちが畑を荒らさないように男は古い人形を逆さに吊るす。早速、嘴でつつかれ、すべてが落ちた。無事に足から着地した人形は土の上で育ち、うろつき始める。鳥たちは遠くから眺めるばかりで畑に近づかない。餌が変わったためか、やがて羽根が一様に薄いクリーム色になった。


120.
立体駐車場で夜の牡鹿が回る。右角が切られてしまったのだ、と責めるように言う。だが左右とも揃っている。それを指摘する間も鹿は回る。深夜零時を超えると逆回転になったものの、幾らか速度が落ちる。私は懐中電灯で回転を照らし続ける。立派な角を残したまま雌鹿へと変化していく。


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