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ヨロイマイクロノベルその1

1.
僕の右目がからあげになってた。それを左目で確認する。目を閉じると、ばちばちと油の音が頭の中で鳴って気持ちいい。左目だけで見る僕の姿はなかなかじゃないか。僕は手鏡を買いに行く。これでいつでもなかなかの僕と会える。いい気分で帰る途中、肉屋の前を通るのが少し悲しかった。


2.
朝、地下鉄へ通じるE-1口の前で、ハンサムが尻文字をしている。はじめは素通りしていたが、徐々に尻がでかくなってきた。それに伴い表現力が磨かれたのか。近々、選挙に出るつもりらしい、ということはわかった。ただ、雨の日にハンサムの姿はない。きっと巨尻を濡らしたくないのだ。


3.
持参した白い花の名を女は知らなかった。毟ると爆発する花弁が一枚混じっているらしい。それは花占いぢゃない、と私は訴えた。最後の一枚まで残ったら島で一緒に暮らす、と返された。いい香りのする花だった。私は七日かけて、二枚だけ千切った。今、残りの花弁たちが萎れかけている。


4.
「ドナドナを逆回転で流すと仔牛が戻ってくるよ」。信じた私がばかだった。全然戻ってこない。GPSで確認すると、競技場周辺を一日に数分動くくらい。私は私で気が狂いそうだ。逆回転のドナドナドナドナのところ、「がんばっていかなあかんな、言うてますけども」って聞こえてきたし。


5.
ピンク色の公衆電話を背負い、森を歩いている。この先、どんどん重くなってくるらしい。刑期はあと3年も残っている。ときどき背中で電話が鳴る。一旦立ち止まる。腕を伸ばして受話器を取ると海猫の鳴き声が聞こえる。やがて電話は切れる。いくつかの音の余韻の中、再び深い森を進む。


6.
深夜二時すぎ、母がプリーツスカートを切断し始めた。ただ、他のスカートや上着には目もくれない。ひたすらプリーツスカートだけを鋏で横にカットする。波のようなうねりが残った、細い布きれが部屋にあふれていく。大虐殺の途中、母が「もう、ひだひだの時代は終わり」とつぶやいた。


7.
大復興祭のパレード中、隣の女にスイカ柄のビーチボールを渡された。空気栓から何かが漏れてくる。ビニール越しに幽かな鼓動も感じる。女は自らの右手を舐めまくってから、返して、と言った。球体を抱え、小躍りしながら女が消えた。私は自由になった手のひらを嗅ぐが、何も感じない。


8.
「芝生が青くないじゃないか」と見知らぬ男が乗り込んできた。手元のバケツは青いペンキで満ち満ちている。お前は隣人ではない。この指摘に男は泣きべそをかいて去った。後日、長い謝罪文と「バーベキュウ用に」という大肉塊が届いた。そもそも、わが家に芝生どころか庭もないのだが。


9.
夜明け前、額縁内の林檎が芯から腐り始める。果肉や汁が垂れる。白の壁を沿うように落ちる。小さな溜まりが床に生まれる。黒の虫たちが群れて集まる。窓から朝陽が射し込むまでに食べ尽くされる。赤の実はかつての形状を失う。私は金縛りにあった状態でベッドからそれを見ていた。


10.
「パラシティック星人お別れ会参加券」。カート内から削除、元に戻す、そんな行為をくり返していた。当日も同様だ。結果、その様子を見届けられなかったわけだけど、無事に星へ戻ったと風の噂で聞いた。星人の記憶ももう少しで消えるだろう。まだカート内に券は残っているけれど。


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