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サントリーの新しいCM

前回の記事は、今まで書いた中で一番反響がありました。
ありがとうございます。
タイムリーだし、割とキャッチーな話題で、後半上手くまとめられなかった自覚があるとはいえ、長い内容を多くの方に読んでいただけたと思うと嬉しくなりますね。書く意欲に繋がります。

とか言いつつ、最初は週2回書ければとか言ってたのが、ついに週1になってしましました。
人生で初めてプレイするモンハンが楽しすぎるのと、無職でガイジの癖に、平日も土日も何かと御呼ばれしたりで、それなりに充実した日々を送っているからなのかもしれません。友人達には感謝しかありません。

今日も、最近自分の目で見て思ったことを書いていこうと思っています。

ボトルは資源!

「君たちはゴミじゃない」「資源だもんね」「また会おうね」
私はこのCMを見た瞬間、非常に皮肉に富んだ面白いCMだと思いました。

再利用出来る=ゴミじゃない

これがこのCMで一番のメッセージだと考えていますが、ここで皆さんに少し思い出してほしいことがあります。
ちょうど1年ほど前の、サントリー新浪社長の発言が炎上したことがありました。45歳定年制で話題になった発言です。
先に言っておくと、彼の発言は、前向きな人にとっては、機会を増やす良い提案と言えました。ですが、実際こういう発言が出ると言う事は、サントリーの中に、学ぶ意欲も無く、ただ存在するだけの、この先再利用も出来ないゴミが少なくないと取られてもおかしくありません。
そう言った背景がある中でこういうCMを作って、暗に社員を煽ろうとまで考えているのであれば、このCMはとても興味深くて面白く、強いメッセージ性のある良いものだと思います。

自閉症にも再利用できないゴミが多い

私は自閉症です。
悲しい話になりますが、自閉症と診断を受けたうちの70%ほどは無職です。
そもそも、凸凹があったとしても、どこかしらで才能を見出して貰って、そこを活かして仕事が出来ていれば、自分と社会との間に障害を感じないので、精神科に通うと言う事もなく診断は出ないでしょう。
私のように、どこかしらで障害を感じて、人生に躓き、「普通の人」と違う時間軸で生きた人は、その後普通の人生を送ることは難しいです。

私は、それは仕方がないことだと思っています。
それでも、自分が自閉症であることや、自閉症が持つ問題点・課題・醜悪さを直視し、改善しながら「普通の人」と遜色なくコミュニケーションを取ったり、仕事で使うようなOfficeや、私の場合だと理数、図形、空間認知が得意な特性があったので、CADの資格を取ったりと、社会活動に参加するための準備を一生懸命やってきたつもりです。
でもやっぱり、日本という社会は、1度躓いて、そこから抜け出そうとする人をあまり必要としない構造になっているんだなと感じました。

一昨日まで私なりに懸命に就職に向けて活動していたつもりですが、就職活動は、自分が社会にとって必要とされていないことを確認するための作業でしかなかったように感じます。

ただ、それもまた仕方がないことだと思っています。
冷静に考えて、いくら学んだとは言え30代の自閉症の人間を雇うくらいなら、幼いころに診断を受けて療育を受けた、若い自己理解のある程度進んだ自閉症を雇用した方がマシです。
もっと言えば、身体障害や、健常者として働けていた難病の方を求めているというのが最も正解に近いように思います。

就職活動を終えることを、ハローワークの担当の支援員の方と父との面談の時に伝えましたが、支援員の方は激怒されてましたね。
色々手伝っていただいて感謝していますが、この方は私の発言を頻繁に遮るし、現実味の無いユートピアンな発言が多すぎて、ちょっとついて行けませんでした。
父は残念そうにしていましたが、再利用出来ないゴミを1つ生産したという事実を受け入れて、余生を楽しんで欲しいです。
3人のうちの2人の側に入ってしまって申し訳ない。と伝えると、それ以上何も言いませんでした。
せめて診断を受けるのが10年早ければね・・・。

そもそも何故就職するのか

就職しないことに関して、もう年齢的にも就職する理由が希薄になってきているということもあると思います。
A型就労支援のような形も紹介されましたが、今の私の年齢で月10万に満たない、病的に作業的なアルバイトをして、そこから5%に満たない一般就労の道を目指す意味がどのくらいあるのか、良く分かっていません。

この世界に存在するだけで良いのであれば、生活保護というシステムがあります。私はこのシステムを、とても良いものだと思っています。

たくさんお金を稼いで旅行したり、結婚して子供を儲けたりと、手段としてお金が必要な方はたくさん働いて、たくさん使えば良いと思います。
ただ、私は年齢的にも、運良く相手を見つけたとして子供が出来るかというと難しいですし、旅行に関しても、一応海外は10か国ほど旅行させていただいていて、割と満足しています。

ファッションや豪華な食事にもそこまで興味が無く、ただ筋トレと健康的な食事、そして定期的に話をする良い人間関係だけあれば、日々を楽しく過ごすことが出来ます
パンと水さえあれば・・・で有名なエピクロスを知ったのは、今の生活様式になった後ですが、アタラクシアは、全ての執着を失った者だけに与えられる涅槃に至る過程なのかもしれません。

ただ、学んだことを活かして社会に貢献することが出来なかった
そのことは、少し心残りではあります。
ですが、この執着も、幽世に持っていくことは出来ません。

ゴミはゴミ箱へ

長く生きるかどうかは運命にかかっているが、充実しているかどうかは魂にかかっている。セネカが部下に送った言葉です。
私は割と、自分の人生は充実していたと感じて、満足しています。
今すぐ頭に銃を突き付けられたとしても、死にたくないとか、もっと長く生きたいとか、やり残したことがまだたくさんあるとか、人生が短かったとは思わないと思っています。

父には、人生に飽きたら死ぬと伝えました。父は、父が死ぬまでは最低限生きていて欲しいと言います。
概ね人生には飽きていますが、幸いまだ多少の蓄えもあるし、生活保護という良いシステムのある国の国籍も頂いていることですから、もう少しこのゴミ箱の底で寝転がりながら、上を見上げているのも良いことなのかもしれませんね。

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