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先生の仕事は天職?

こんな毎日


気になる!気になる!気になる!

そう思ったら、職員室の無機質な時計を見つめてまだかまだかと授業が終わるのを待つ。
チャイムが鳴ると同時に教室に向かう。
そして声をかける。

「ねえ、原田さん!」

私は、前職は出版業界で営業の仕事をしていました。

「本が好きだから」というシンプルな理由で出版業界の会社ばかりをエントリーして、運よく入社できた会社でした。
恥ずかしながら、キャリアだとか職務内容だとかをよく考えずに入社したもので、編集じゃなくて営業なことも、深く考えていませんでした。
しかし、「営業」であるということは…、いや「会社員」であるということは、「売上」がめっちゃくちゃ大切だったのです。
優先順位NO1です!
それがとんでもなく辛かった。嫌だった。モチベーションが上がらなかった。

いつまでも脳内お花畑で、夢見る少女として生きていたい私は、入社3年で退職した。そして、新しい仕事として、高校の国語教師を選んだ。
理由は変わらず「本が好きだから」そして、新たに加わった「売上とか気にしなくていいから」

原田さん

「ねえ、原田さん…朝話してた進路のことだけど、一緒に考えてみない?」

困惑する原田さん。彼女は、次の時間の体育を受けるために、手には体操服の入った袋を持っている。

「せんせー、俺たち着替えれないから、はやく出て行ってよ。」
「へんたーい。」

体育の前の休み時間に男子が体操服に着替える教室に行ったものだから、男子たちが声を上げる。

「変態は余計じゃあ~!…でも、ごめんごめん。出るよ。」

廊下で、落ち着かない表情をした原田さんと私。
私は言う。「次、体育だから移動しないといけないね。ごめんね、気になって声かけちゃった。」
原田さんが「昼休み、相談してもいいですか?」と言う。
私たちは昼休みの始まりに職員室で待ち合わせをした。

原田さんの家族は生活が苦しく、そんな中で彼女は進学がしたいと思っている。親に進学の費用は何とかすると言われたとのこと。せっかく勉強も頑張って、生徒会の書記だって、美術部の部長だって務めたんだから。
ところが、今朝、「やっぱり諦めてって言われた」と親に言われたと私に話をしてきた。
私に相談した、というわけではなく、進路希望の紙を先週集めたばかりだったから、変更になったことを伝えないといけないと思ったからだったようだ。

進学ができないから可哀そうとか、高卒で就職するのが悪いとか、そういうことではないのだ。
問題なのは、「可能性があることを知らないこと」だ。

昼休み、私たちは職員室の隅っこに椅子を持ち寄り話し合った。
まずは押し付けてはいけないと思ったので、原田さんがしたいこと、考えていることを聞いた。
(やや、強引なところが私にはあるので気を付けながら。)
そして、国の奨学金、教育ローン、学校独自の奨学金、必要なお金、足りないお金、職業訓練校なんかの話をたくさん伝えた。
可能性があって、それを選ぶことができる。努力することができる。

木下君

その後、前向きに検討するよう話をした原田さんを職員室の外まで見送りに行くと、木下君がふてくされていた。

「おいおい、どうした?あからさまに不機嫌だ」
私が声をかけると、彼はこっちを見て、生徒指導の教員に身だしなみのことで言われた不平不満をぶつけてきた。
(私の苦手分野である。)
申し訳ないが、学校という組織の中で今ルールが成立している以上、守らないといけない。でもそのルールは変える権利が君たちにもある。…というようないつもの話をした。でも彼は不平不満をただ私に言いたいだけなのだ。でも、彼の言っていることは全てが全て間違ってなんていない。私は、このかわいそうな彼を前にして、ルールを変えるために動くこともせず、おろおろしているだけの自分に情けなくなる。
職員室の隣の会議室で、身だしなみ指導をしていたようで、校則違反の生徒がぱらぱらできてくる。

伊藤さん

「せんせー。」寄ってきた女の子の顔からいつものキラキラのメイクは消えていた。
「私、メイク落としたよ。偉くない?」とにこにこ話しかけてきた。
「偉い!」
「まあ身だしなみチェックが終わったらすぐ女子トイレでメイクするけどね。」
私はおおげさになだれ込む仕草をする。

そういえば、この愛嬌抜群の伊藤さん、先月実施したアンケートに、高校生になってから身だしなみのことで先生たちから注意されてばかりでつらいって書いていた。伊藤さんは将来、美容師になりたくておしゃれに興味があって興味があって仕方がないのだ。
「ねえ、伊藤さん、もうすぐ卒業だから言います。伊藤さんは身だしなみのルールを破ってばかりです。でも、正直に言うと、その身だしなみは、この学校のルールなのであって、別の社会では受け入れられるようなものもたくさんある。もし伊藤さんが、去年、岡本さんが転校していった通信の高校の生徒で、私がそこの先生だったなら私は『今日のアイシャドウの色可愛いね』って言うだろう。…それでも私たちは伊藤さんがこの学校に在籍している以上、私たち先生は注意し続けます。伊藤さんにどんな思いがあったとしても、決まりとしては、やっぱり守ってほしいから。…でも、そのこととは全く別のこととしてあなたの人格や良さを否定しているわけではないのだよ。違う社会にこれから出て行ったときに、身だしなみのルールなんてなくて、そこで劣等生扱いされなくなった時に、私はダメな子って思ってほしくないんだよね。このルールのある学校という社会では注意されてばかりだっただけなのだから。あなたの良いところが損なわれているわけではないんだよ。」
私が一方的に熱く話をしているが、彼女にどこまで届いたか分からない。はやく話を終えてほしいと思っているのかもしれない。
ほっと、一息つこうと職員室の座席に向かうと、昼休みが終わるチャイムがなる。

そんな風に生徒のことを考えているとあっという間に一日が終わる。

私にとって働くうえでとても大切なことは「心と向き合うこと」だったのだ。「売上」を気にしないうえで。

天職とは、それをしていて苦じゃないもの、ではないだろうか?
いつのまにか身体が勝手に動いていて、伝えたいことが頭の中に浮かぶ。
深く考えずとも自然と行動してしまっている。
それが、得意とか不得意とか関係なく。
そんな経験ができるのならば、それは私の天職だと思う。

#天職だと感じた瞬間


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