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【禍話リライト】『怪談手帖』より「ホトケサリ」

一人暮らしをしながら、クラブで働く20代のB君から聞いた話。

10代の頃、知り合いの伝手で古くて大きい日本家屋をタダ同然で譲り受け、一家四人で住んでいたのだという。

本当に古くて、ボロボロの家で、要するにリフォーム前提の譲渡であったそうだ。

「でもねぇ、リフォームしなかったんすよぉ」

独特な口調でB君が語るところによると、彼を含めて家族はみな大変ズボラな質で、半壊しているような箇所にも手を入れず、譲られた時のままであったそうだ。

「家なんか寝起きできるスペースがあればいい。みたいな感じでしたからね。マジで」

碌に掃除もしていなかったので、廊下を行き来するだけで靴下が真っ黒に汚れるような状態だったというから、流石にぞっとしない。

食べ物が齧られたり、天井や壁の裏を小さく細かく動く音も頻繁にしており、『ネズミの天国』でもあったらしい。

聴いているだけで身の痒くなってくるような話だが、それだけではない。

「家鳴りって言うんすかねぇ。あれもぉかなりひどいし。夜中に誰もいない部屋で声や音がしたりもしてたなぁって」

それらをネズミと同じようなものとして淡々と語るB君を見ていれば、彼ら一家の暮らしぶりも自ずと分かろうというもの。

凄まじい環境を意に介さず、一か月程はすぐに経った。

「なんかぁご近所からは、お化け屋敷とか、そういう悪口も言われてたみたいでしたけどぉ、誰もぉ気にしてなくて。むしろそうしている内にですね」

家鳴りや不可解な異音、そして何故かネズミ類の被害がなくなっていったのだという。

「根負けしたのかなぁって、みんなで、笑ったりなんかして」

その頃になって父が「自分用に部屋が一つ欲しい」と言い始めたので、彼らは『発掘』をすることにした。

「あぁ発掘っていうか、でかい家なのもあって使わないどころかぁ、そもそもぉ碌に開けてないような部屋もあったんすよ」

どうせ使うなら広めの部屋がいいだろう。ということで間取りを見ながら、東側にある一室に目途をつけ、休みの日に検分を行った。

建付けの悪い襖を力任せに引き開け、埃や塵に咳込みながら見てみると、

「どうもぉ、そのぉ、仏間ぁだったみたいで」

ぽっかりと空いた畳の一面は、予想していたような荒れ方はしておらず、入って右の奥に大きな仏壇が置かれ、壁の高い位置には額に入った小振りな写真が並んでいた。

「いやぁ流石にぃ『えー!こういうのも全部そのまんまぁ!?』って驚いちゃって。でぇ入ってぇ、見てみたんですけどぉ」

立派な仏壇の中身は殆ど空だった。

一部の意匠や花のない花立、おりんを乗せるためのおりん布団などが転がっているだけ。更に写真も空っぽだったのだとB君は言った。

見知らぬ故人の顔が並んでいると思って見上げた額の中に、誰の姿もない。

「写真がなかったって訳じゃないんですよ」

誰も写っていない写真がすべての額の中に入れられていた。
被写体のいない縁の線と、のっぺりとした灰色の背景だけの写真が。

「『うわぁ!』ってそら思わず声上げちゃってぇ」

彼はその時その家に越してきて初めて恐怖を覚えた。

確かにほぼ空っぽの仏壇に、空の遺影の列というのは不気味極まりない。

と言うと彼は、
「そうじゃないんです、そうじゃありませんって」
もどかしそうに言った。

「俺ぇそれ見たときにぃ、分かっちゃったんですよ。自分でも訳分かんないすけど、そう考えるとかじゃない、分かったんです。これ、元々こうだったんじゃなくて、いなくなったんだって」

古く寂れた家の奥に封じられた仏間。

そこに添えられた仏壇や並べられた遺影の中。

それらのスペース、或いは小さな写真の中納められ、並んだままのサイズ感の小さな何か、小さな人達。

家の内側で犇めき蠢きあっていたそれが、ゾロゾロと群れを成して何処かへと散り散りに逃げ去っていく。

まるで沈む船から逃げ出すネズミのように。

後で聞くとそんなイメージを彼のみならず、共に踏み込んだ父と兄もその瞬間頭の中に浮かべてしまっていたのだという。

彼はそこまで話すとそれっきり口を噤んでしまった。

暫くの沈黙を置いてから、「その後ご家族と君に、その何か?」と問うた僕(怪談手帖の筆者 余寒氏)の言葉にもB君はただ曖昧に笑うだけで、何の答えも返してくれなかった。




※この話はツイキャス【禍話】の語り手【かぁなっき】氏の後輩にあたる、【余寒】氏が独自に収集、編集、執筆を行った怖い話を、以下に記述している配信時に【かぁなっき】氏が朗読したものを書き起こしたものです。



出典:【禍話インフィニティ 第二十六夜 こうもり王】


    (2024/1/13 )(44:22〜) より


本記事は【猟奇ユニットFEAR飯】が、提供するツイキャス【禍話】にて
語られた怖い話を一部抜粋し、【禍話 二次創作に関して】に準じリライト・投稿しています。


題名は【余寒】氏の命名に準じています。

https://twitter.com/yosamu_maga

また、【余寒】氏によって過去の作品をまとめた小説などのコンテンツがBOOTHにて販売されています。


【禍話】の過去の配信や告知情報については、【禍話 簡易まとめWiki】を
ご覧ください。

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