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『The Menu』 狂気、だけで終わらない絶妙さ (ネタバレ含む)

思ったより観応えがあったので、つらつらと。

本当に恐ろしいのはお化けより人間、とよく言う。
人は、想像を超越した不気味さで行動する人間、理解できない価値基準(特にその基準により自分が身の危険にさらされるようなとき)で動く人間に、脊髄反射的な恐怖を感じるように思う。
今回のシェフもそうだった。

ストーリーは、冒頭から不協和音のような小さな違和感をところどころに散りばめ、えもいわれぬ不気味さを静かに奏でる。
成金に有名人、1,000ドルを超える船賃、変態的な味への感性と語り癖のある男、独特な雰囲気と言動の案内人、軍隊のようにシェフに従う料理人たち。

コースの初めのうちまでは、しゃれた趣向の高級レストランだなという程度で、登場人物たちもおのおの好きなことを話している。
一方で、客の要求に対して不自然に強権的な態度を示すシェフやスタッフのシーンがちらほら見られ、レーザープリントされたトルティーヤからは店側が招待客をかなり詳細に調べ上げ、細部まで把握していることが伺われる。

様子が一変したのが何品目かの料理が提供される前。
1人の料理人がピストルの引き金を引き血しぶきを上げた瞬間に、緊張が加速し明らかな異常を皆が認識し始めた。

パニックに陥りかける客たち。
出入り口や大きなガラス窓など、考えうる逃走手段は1つ1つつぶされていく。
薬指が飛び、白い羽が海に沈み、出てくる料理やシェフの話も不気味さを惜しみなく醸すようになっていく。

ここまでは、完璧主義で狂気的な感性のシェフとその部下たちという印象だ。
おそらく「料理」に対するこだわりや優先順位がぶっ飛んでいて、人間の命を前にしても躊躇しないと思われる。
ただただ狂気的な恐ろしさを描くなら、ここまででも十分だ。

ところが、この映画のおもしろいところは「ただの狂気」で終わらせないところにある。
主人公の ‘Margot’ を軸にして、シェフの正体を炙り出していくのだ。

君はここにふさわしくない

と繰り返しシェフが口にするほど、明らかに邪魔な存在である彼女。
どちらの側で死ぬか決断を迫られ、お互いの仕事について短くやりとりし、そしてナイフを手にシェフの館に向かう。

彼女を追ってきたおさげ髪のスタッフが嫉妬を剥き出しにして襲いかかってくるシーンがあったが、正直あそこにはホッとした自分がいた。
人間らしい感情がそこに見えたからだ。
ここまでのシーンではシェフ側の人間はみな抑制的に描かれ、まるで感情がないような印象だった。
わずかながらでも(それがネガティブなものでも)人間っぽい共感しうる感情が向こう側にも流れているとわかったことは、ナイフで襲われる恐ろしいシーンでありながらも同時に安堵を感じた。

そしてそれは、シェフの秘密の部屋でも同じだ。
作品を通して終始多くは語られなかったが、新聞記事や昔の写真がシェフの輪郭を少し教えてくれる。
なぜ、あのメンバーが一堂に集められたのかもなんとなくわかった。
※「語りすぎない」というのは味わい深い良い作品にするための重要なポイントであり、ドラマと映画の大きな違いの1つである。

ももを刺されても、ろうそくに手をかざしても、痛みも熱さもまともに感じない極致にまで追い込まれたシェフ。
Margotが最後に賭けに出たシーンが印象的だった。

チーズバーガーを作る若い頃のシェフが笑顔で写った写真
彼女のチーズバーガーの注文にテンポよく答えるシェフ
パティを焼きチーズを乗せ、心なしか生き生きとした表情
バーガーとポテトを紙皿に盛って運ぶシェフ
チーズバーガーを噛みしめる彼女の反応に微笑む

おそらく作品を通して、シェフが微笑むのはこのシーンくらいではなかっただろうか。

持ち帰りたいという申し出にわずかに迷ったシェフの
フロアを出る前に他の客たちを振り返ったMargotと
いいから行けと小さくジェスチャーを返したマダムと

死ぬしかない状況からサバイブできるかというギリギリの場面ではあるんだけれど、何かとても美しかった気がする。美しいと言っていいのだろうか。
必要最低限の言葉しか交わされず、あとは行動と表情と視線のみ。
シェフは最後に、料理をしてお客を喜ばせるのが楽しかった ‘あの頃’ を思い出したのかもしれない。

最後のスモアもすごかった。
あ〜客自身が食材か・・と思いつつも、床やテーブルに飾り付けられたソースと客と客に被せられたマシュマロとチョコが皮肉なほど調和し、綺麗だった。
諦観した客たちと最後までやり通すシェフと誰一人逃げ出そうとしない料理人たちと赤く熱した火種を掴んでもピクリともしないシェフの手。

Margotが船上でチーズバーガーを食べるとき。
もしかしたら毒が盛られてて、彼女も船上で息絶えて料理が完成なんじゃないか・・と思ったけど、それはなかったようだ。
元々想定外の客、そしてシェフの微笑み、さすがにそこまではしなかったか。



鑑賞後にサイトのインタビューなどを見てみると、風刺がどうのという話が多く語られている。
そうか、たしかに「食べに来るのはいつも金持ちばかり〜」とか金持ちというキーワードは随所に出てきた気がする。
そういうことなのか。

まあ鑑賞の仕方や感じ方は人それぞれなのでいいのだが、そういうポイントもあったんだなあと。
デザートの前にクレジットカードで支払いを済ますところも、シェフの完璧さの描写みならず、ブラックジョークも兼ねていたのだろうか。
翻訳ではなく、英語そのままで観てみるとまた違った印象になるのかもしれない。

シェフ役はレイフ・ファインズという役者さんらしい。
なんか聞いたことのある名前だと思ったら、ハリー・ポッターのヴォルデモート役の人だった。

あと、美食、高級料理、グルメ評論家批判といえば、海原雄山と山岡さんを思い出すよね。


'22/11/27 最終更新

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