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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第十五話
数日後、俺は玲子と高野に切り出した。
「そろそろ腹の探り合いはやめて、一気に決めませんか?」
「一気にですか?」
「どういう意味かしら?」
二人とも興味を持ったようだ。
「両社の代表者が同時に買収金額を提示するんです。提案価額が高い方を玲子さんが選ぶ。最もシンプルな入札方式です」
まず高野が口を開いた。
「私は構いませんが、玲子さんはいかがですか?」
玲子はポーカーフェイスの笑みを崩さない。だが、即座に賛成とはいかないようだ。
「……アイデアは悪くはありませんが、オークションというなら価額出し合いの後どこまで価額が上がるか競ってほしいところですわ」
貪欲さを隠さなくてもイヤラシさがない。これは玲子の魅力だろう。言っていることは正論だが……それは競(セリ)に参加する参加者が揃っている場合の話だ。
「残念ながら我々は予算の上限が決まっています。そして対抗馬が現れたのですから、四の五の言わずに予算上限で一発勝負とさせていただきます。ご不満であれば俺たちは交渉と時の部屋を閉じて買収から撤退します」
俺はニヤリと笑い、あえて予算の存在と撤退の可能性をわざとらしく強調した。本当は撤退など許されていない。でも交渉にブラフは必要だ。それと実はもう一つ予算に触れた理由があるんだが、ぼんやり美香は気づいていないだろうな。
とにかく、これは一か八かの賭けだ。内心冷や汗をかいている。玲子も俺たちが撤退することは望まないはずだ。俺のこめかみに一粒の汗が溜まり始めたとき、玲子は笑みを崩さずに口を開いた。
「そこまで言ってくださるなら私も異論ありません。ではいつ実施しますか?」
引き際は理解しているらしい。さすが、敏腕経営者と言われるだけある。第一関門クリアだ。俺は心の中でガッツポーズを決める。ただし、まだ第一関門を通過しただけ。気は抜けない。
「その前に、高野さんに条件を出したい」
「ほう、私にですか?」
「はい。それは、本当の依頼者をオークションに同席させることです」
高野の瞳に険しい光が宿る。彼が絶対に隠したい真の依頼者。それを引きづり出すのが第二関門。だからこそ高野は抗う。
「私は全権を委任されています。それでは不足ですか?」
「はい、失礼を承知で申し上げますが、我が社はこのオークションに誠心誠意を込めて臨みます。そして負けたら潔く撤退します。しかし、代理人のあなたしか出てこないのであればそれは正式なオークションとは認められません。本当の権限を持った依頼人本人に来てもらいたい。でなければ玲子さんも決断できないでしょう」
「……」
高野の言葉が止まる。こちらの言い分も理解できるからこそ悩んでいるのだろう。こういうときは少し妥協を示せば……
「もし真の依頼者が我々には素顔を見せたくないというのならば、覆面で参加されてもいいですよ。真の依頼者が一緒の場にいて、一緒に価額を出し合ったという事実があればオークションは成立します」
ここが勝負にポイント。俺は笑みを崩さないように苦心しつつ、高野の瞳に眼力を集中する。彼の瞳の光がやや翳る。俺は第二関門も突破したと確信した。
「……なかなか強引ですね。では、依頼者に来てもらうように相談します。こちらの時間で一週間後にオークションを実施しましょう」
「わかりました。では、一週間後にオークションを行いましょう。そして勝った方は玲子さんとディナーでお祝いをするというのはいかがですか? シェフに豪華な料理を準備させますよ」
「ええ。楽しみにしていますわ」
「私も、異論はありません」
「では……一週間後に」
こうして、なんとかオークションに持ち込むことはできた。そして、このやり取りで分かったことがいくつかある。特に大事なことは、高野が一発勝負をすぐに受け入れたということ。これは玲子が反論した意図と一致した行動ではない。そして、高野はこうなることをすでに想定していたようだ。高野の依頼者にとってはここまで想定のうちということだろう。逆にいえば、俺の中の仮説がどんどん確信に近づいているということだった。
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