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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第八話

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「俺たちが若い頃は確かに第二ボタンってのもあったけど、いまどきの娘たちも第二ボタンなんか欲しがるのかな? 正直、恋愛部が過剰に過去の出来事を恐れているだけじゃないの?」

 渋谷の駅近、エンジェルセレクト社が入っているビルの屋上は春風とは似ても似つかない強風が吹き荒れている。3月中旬とはいえ、これだけの強風に晒されては寒くて仕方がないのに、ハニエル以下主要天使たちは屋上広場に整列して直立不動。俺たちは今、その一番後ろで不貞腐れていた。

「さ、さぁ、ど、どうでしょう?」
「なんだよ、美香にとってはつい最近のことだろ?」
「え、えっと、あははは。わ、私は女子校だったから……」

 なんだよ、歯切れが悪いな。最近は男子の制服もブレザーが多いし第二ボタンなんて昔の話〜みたいな返しを期待していたのに。

「美香、兄弟とかいないの? ちょっと聞いてみてよ」
「き、き、兄弟ですか? あ、兄が、いますけど……」
「おお、いいじゃん。やっぱり第二ボタン誰かにあげたか聞いておいてよ」

 見た目だけは超絶美形の美香の兄であれば、間違いなく学年トップレベルの美男子だったことだろう。第二ボタン文化がいまだにあるなら誰かにあげたか取られていて然るべしだ。

「あ、兄は、昔キューピッド株式会社で働いていたのですが、今は転職してまして……今では会うことが少なくて……あ、会うことがあれば、聞いてみます」

 そうなのか。まあ、何がなんでも聞きたいというわけではないから別にいいけど。と、そんな会話で暇つぶしをしていたところ、空を覆う分厚く灰色の雲から怪しい光芒が一本、二本と降りてくる。

「……やっと来やがったか」
「そ、そんな言い方……ふふ」

 美香はなぜか可笑しそうに笑っている。まったく、笑って許せる美香は寛大だな。俺は腹立たしくてイライラしているのに。第二ボタンというキーワードを聞いた途端に慌てふためいた挙句現場社員全員集めて訓示したいなどと、大天使あるまじき狼狽だ。昭和ジェネレーション天使とでも呼んでやる。
 そうこう考えている間に光芒はどんどん増え、やがて太い光の柱となる。そして、雲の間から大きな白い翼が光芒に沿って降下してきた。

「恋愛部長、ラファエル大天使ご降臨」

 合図とともに、ハニエル以外の天使が片膝をつき首を垂れる。ハニエルは一応七大天使の一人ではあるが、ラファエルはその中でもさらに四大天使に選ばれた役員クラス。片膝まではつかないものの軽くお辞儀をして迎える。
 なんだかな、この天使たちは。気づくと頭を下げずにぼーっと突っ立っているのは俺たちだけになったが、俺も気にしないしラファエルも気にしない。

「天使諸君。春風事件で大変な思いをしていると思う。しかし、ここが我々の稼ぎ時。しっかりと挽回してほしい」

 ラファエルは天使たちに向かって訓示を述べている。

「そして今、知っての通り、天使データセンターにまで春風影響が出ている。このままでは第二ボタン事件が再発しかねない状況だ。しかし、そんなことがあってはならない。断じてだ。みんなも覚えているだろう。私の前の恋愛部長は第二ボタン事件の責任を取って懲戒、その結果多くの天使たちと共に堕天使になってしまった。そんなことは二度と繰り返してはいけない」

 俺はこっそり鼻で笑う。なんだ、結局保身のために慌ててるだけじゃん。まったくもって恥ずかしい上司だ。

「でも安心してほしい。天使データセンターの問題は必ず対応する。そのためにそこの二名を現場に派遣しているのだ」

 ……そこの二名? ま、まさか。俺たちのことか?

「だからみんなは冷静を保ち、争うことなく職務を全うしてくれたまえ。以上だ」

 ちょっと待て、と文句を言おうとしたがハニエルがさっと号令をかける。

「ご訓示、ありがとうございました。では、解散」
「ありがとうございました」

 天使たちが立ち上がり礼をする。各々の持ち場に戻るべく多数の天使が一斉に飛び立つ光景はあまりにも神々しいが、おれの心の中のざわつきは収まらない。

「……ラファエル部長。どういうことですか?」
「君からのメッセージは見た。だからこうしてやってきたんだ」
「無謀な。ラファエル部長ご自身が春風にあてられても知りませんよ?」
「そうならないために強風の屋上を選んだんだ」

 ちっ。そういうところは計算高い。大天使級の天使演算能力の無駄遣いだ。

「翔くん、君の提案を即座に実行してほしい」

 いきなりそう切り出してくるところも腹立たしい。とはいえ、確かに俺は一通のメッセージを送った。人間界からだから念波は使えないので書面を郵便係に預けた。その提案を一応は読んだということらしい。ただ、そんな簡単に実行してほしいと言われて、はい頑張りますと即答できるアイデアではないということをわかっていっているのだろうか。俺は返答に窮した。


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