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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第二十一話

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 クリスタルビジョン社の子会社化によって第二ボタン事件の危機は何とか回避でき、構築した天使データセンターと人間界の機械学習の融合によって中学卒業式に向けたマッチングも回復。漸く現場が回り始めた頃に俺はラファエルに呼び出された。ちっ、お偉いさんってやつはこういうくそ忙しいときにこぞって邪魔してくれやがる。俺はたっぷり文句を言うことに決めた。

「現場では対処療法の繰り返しで根本的な問題は解決していません。春風に当てられた恋天使の回復、そして原因の究明はミカエルCEOの原因調査部隊の仕事でしょ? どうなっているんですか?」

 開口一番捲し立てられて苦笑いのラファエル。

「……まあ、そう言うな。ミカエルCEOはご自身の天使演算能力の九十パーセントをワイン事業に費やしているから、原因追及には時間がかかっているんだ」
「ワイン事業?」

 確かに、当社の主要三事業(恋愛、結婚、熟年愛)の他にワイン事業がかなり大きく成長していることは知っている。関税が高いので合法非課税で作れる当社のワイン事業は第二事業として順調に成長しているが生産量が少ないのが課題だ。

「人間界中のワイン醸造所から天使のわけまえを交渉と時の部屋に転送しているのはミカエルCEOご自身の神通力のおかげなんだ」
「え? CEO自らが事業運営を?」

 どうやら、歴代CEOに伝わる神器、四次元フレネルレンズを使うことで醸造所と展開を繋いでいるらしい。まったく天使ってやつはCEOまで無茶苦茶だ。美香も横で苦笑い。これ以上追及しても仕方がなさそうだ。

「わかりましたよ。でも中学卒業式はまだしも、次の入学式シーズンには大量の恋天使が必要です。再配置をお願いします」
「また気軽に言うなぁ。全く……天界勤務の恋愛部事務天使しか回せないぞ」
「それでも助かります。あと……」

 まだあるのか? と嫌そうな顔のラファエル。でも怯む気はない。俺を呼び出したことを後悔させてやる。

「事務天使の教育が必要です。教育係には高い天使演算能力を持つ天使をお借りしたい」
「……どのくらいのクラスがいいんだ?」
「ラファエル部長と同等レベル」
「……」

 流石のラファエルも閉口する。が、これはブラフではない。恋天使が現場で無意識に行なって超綿密な弾道計算ノウハウを恋天使から吸い上げ事務天使に叩き込む必要があるのだ。

「……わかったよ。副部長のサリエルに言っておく。彼は医師試験に合格した実力者だ。文句はないだろう」
「ありがとうございます」

 俺は満足して、漸くラファエルの依頼を聞く気になった。

「で、次はどんな対処療法がご所望ですか?」
「それは……」

 その結果、今、俺たちは港区のとある中学校の前にポツンと立っている。
 公立とは思えない豪華なマンションのごとき学び舎。正門には卒業式の立て看板に飾りつけ。奥から聞こえる旅立ちを祝う合唱。やがて、卒業生たちが卒業証書を手にばらばらと正門を出始める。

「た、たターゲットがこの学校にいるんですよね。どんな方なんですか?」
「ああ。どうやら某銀行の頭取の孫娘と、某財閥社長の息子らしい。天使データセンターと機械学習が導き出した候補の中で最も将来が有望な逸材だ」
「う、うわ、なんだか、すごいペアですね」

 このようなビッグタイトルをペアリングできれば大きな収入が入る。その中でも、このような公立中学にこれだけのビッグネームが二人もいる学年など十年に一度の奇跡。たしかにラファエルも鼻息が荒いはずだ。

「屋上を見てみろ。以前もお世話になったエースの恋天使を配置している」
「ほ、本当ですね。う、うまく当ててくださいね」

 そして、ターゲットの二人が門を出てくる。エース恋天使が三本の矢を弓にセットする。第二ボタンと二人のハートの三つの的を同時撃ちするつもりらしい。弓を引く力が強まっていく。
 その時……ぶわっと暖かい南風が周囲の空気を巻き上げる。少し黄色い色が付いた風。季節外れの春一番。いや……これはまさか、これがあの春風か?

「やばい!」

 おれは立ち上がった。しかし、時すでに遅し。屋上のエース恋天使は後ろに向かって倒れ込み、三本の矢はそれぞれあらぬ方向へ飛散した。

「し、翔さん、い、行きましょう」
「ああ。彼女を助けるんだ」

 卒業生の家族の格好を模してきたのが功を奏した。中学の敷地内に入ると一目散に屋上を目指す。それにしても都会の校舎ってのは一体何階まであるんだ? くそっ、エレベーターを探せばよかった。息も切れ、膝も震え始めたところで、屋上にたどり着く。扉を開けると屋上にエース天使が倒れていた。

「大丈夫か?」
「だ、だれが、こんなことを……」

 美香が恋天使の脈を測り瞳孔を確認する。
 俺は不気味な気配を感じ振り返る。園芸花壇、太陽電池、その向こうにその男は立っていた。全身黒マント、そして先日見たあの仮面。まさか、ラグエル? いや、そんなはずはない。やつはコンプラ委員会に召集されているはず。

「ふっふっふ、先日は仲間が世話になったな」
「だれだ? お前は?」
「答えるわけないだろう。私は今日はここでのキューピッド活動を邪魔することが目的。すでに目的は達成した。おっと、長居して正体がバレると良くない。では、これで失礼するよ」
「ま、待て!」

 しかし、新仮面男は高笑いとともに黄色い羽を広げると高々と飛び立っていった。地平線からは天使救急隊が駆けつけてくるのが見える。美香は恋の病に伏すエース天使に声をかけ続けていた。それを茫然と見守る俺。
 港区中学校作戦は失敗に終わった。俺は奥歯をかみしめながら、新仮面男が消えていった青空を見上げ続けていた。


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