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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第二十五話

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 俺の部屋に入るなり、俺たちは同時に口を開いた。

「見たか?」
「み、見えましたよね?」

 ……そして、目を合わせてぷっと笑う。

「美香にも見えていたんだな」
「は、はい、あ、あのとき視線で合図をくださったので、しょ、翔さんの腕を、つ、掴んだから見ることができたんです」

 なぜか急に赤くなる美香。相変わらずよくわからん奴だ。

「じゃあ、向こうの提案書も見えていたと思う。JVを作るときの出資額は五十五億円だった」
「は、はい。こ、これを上回らないと……でも、今回の買収の追加予算って確保できていない……ですよね?」
「ああ。一円も確保していない」

 俺は自信満々に答える。美香もわかっていたかのように苦笑する。

「でも、前回五十億円の予算に対して追加五十億円を要求して、結果的に七十億円を使った。少なくとも三十億円のおつりは使えるはずだ」
「そ、そんな、むちゃくちゃな……」

 わかっている。そもそも追加五十億円は口頭申請で承認はされていない。でもそれはもうどうでもいい。あとでラファエルに怒られればいいだけの話だ。最悪ハデスのお世話になることになるかもしれないけど。俺個人の問題で解決できるはずだ。

「俺が責任を取る。それで、いいだろ?」
「……ま、まったく。あ、相変わらず無茶苦茶ですよ、翔さんは。そ、そんなやり方が通用するのは十字軍の時代の話です。今は通用しませんよ」

 そういうと、美香は一枚の羊皮紙を差し出してきた。それは追加予算五十億円の決裁書だった。上申者はラファエル、決裁者は……ミカエルCEO!

「これって……」
「わ、わたし、念令課ですけど、これでも管理部員です。ラグエル部長が不在なのでラファエル部長に代理上申をお願いしたら、す、すんなりと決裁取れちゃいました」

 まぢか……交渉上手だと感じてはいたが、ここまでとは……

「ありがとう。これは本当にありがたい」
「と、とんでも、ないですぅ」

 もじもじしている。照れているのか。

「でで、でも、まだ相手の提案との差は二十五億円もあります。ど、どうするんですか?」

 それを聞いて、俺はにやっと笑った。

「任せろ。その程度の差であれば交渉で巻き返してやる」

 確たる根拠があるわけではない。でも、相手は超一流の交渉相手。つまり、ただ単に見せ金のJV出資金だけで判断されるわけではないはずだ。二十五億円以上の魅力がある事業計画を納得させればこちらに軍配が上がるはず。俺はそこに賭けた。


 一時間後。俺たちは先攻として会議室に入った。三十人の精鋭たちに囲まれる。その中心には中村社長。俺は挨拶やこれまでの協力への感謝、これまで議論してきたJVの体制やガバナンスを説明する。そして、JVへの出資金額。

「JVへの出資金額は三十億円を想定しています。貴社からは分散コンピューティング技術を出資してもらいたい。出資比率は六対四を提案します」

 我々の三十億円がJV全体の六割分だから、JV全体の価値は五十億円だ。DCCメンバーはしきりにメモを書き留めている。中村は微動だにせずプレゼンを聞いている。

「そして事業計画です。天使データセンターを貴社のシステムにつなげて、人間界のデータセンターとの協働を図る前提で構築しています」

 ここまではこれまで協議してきた内容そのままだった。ここに、俺なりのサプライズを投入する。

「ですが、もう一つ、重要な提案があります。すみません、盗聴されている可能性を危惧して、紙でお見せします」

 俺は羊皮紙に手書きで書いた新提案を中村に手渡した。中村の周りに三十人が集まり、その羊皮紙に目を通す。
 そこには、天使データセンターとの連携だけでなく、キューピッド株式会社恋愛部に所属する一万二千天使との念話リンクの可能性への言及がなされていた。天使の能力はピンキリだがいずれも高い天使演算能力を有しているのは確かだ。しかも天使データセンターをハブとして念話リンクでつながっている。ということは、それぞれの天使の演算能力をごく一部借りることができれば、合計すれば天使データセンターを越える膨大な処理能力を調達できることになる。じゃあ、どうやって二万天使の分散した天使演算能力をバーチャル統合するのか? それを実現できるのがDCCの分散コンピューティング技術なのだ。俺がDCCに声をかけた真の理由はそこにあった。

「なるほど……このような大玉を隠し持っているとは、策士ですね」
「我々はクリスタルビジョンを買収しました。だからこそ提案できる内容です。JVに必要なのは出資金額ではありません。そこに提供できる事業貢献です。このアイデアはお気に召したでしょうか?」

 中村はにやりと笑った。

「夢があります。私が親会社から飛び出してDCCを起業したときと同じくらい、わくわくしていますよ」

 これは、最高の誉め言葉だと思う。美香もにっこりと笑っていた。俺は低調にお礼を言うと会議室を辞した。
 すると、後攻でこれから会議室に入る高野が詰め寄ってきた。いつもの爽やかな表情はみじんも見えず焦りで顔面に脂汗が噴き出ている。

「一体、何を提案したのですか?」
「それはご想像のままに。さあ、後攻の出番です。頑張ってください」
「……」

 苦虫を咬みまくった表情のまま、足取り重く会議室に入っていく高野。やはり盗聴していたか。でも、羊皮紙で見せたこちらの提案はつかめなかったようだ。いや、もしそれがバレたとしても、クリスタルビジョンを抑えていない彼らに同じレベルの提案ができるとは思えない。あとはこの提案が二十五億円の差を覆すことができるかどうか。その結果はすぐに判明することになる。

 五分と立たずに会議室から出てきた高野。

「今回はマイルストーンフィーを取れていませんでしたので、完全にただ働きになってしまいました」

 そう言い残して、交渉と時の部屋から退出していった。
 俺は美香と目を合わせる。

「お、お、おめでとうございます。すばらしいプレゼンでした。提案内容も」
「美香のおかげだよ。予算を確保してくれたおかげで自信をもって提案で来た」

 それを聞いて、美香は妖しく微笑んでくれて、俺もやっと勝ち取った実感がわいてきた。

 さて、天界でのパスクエッタの一日が終了するまでの期間はまだまだたっぷりある。DCCが誇る最高の技術軍団がそろっている。入学式に向けて準備を整える環境はすべて揃っていた。俺は卒業式での屈辱を思い返す。今度こそ、日本の恋愛を守る。俺の決意は今まで以上に強くなっていた。

 

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