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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第二十二話
卒業式は学校という閉じられた社会で培われた三年間の記録を元にターゲットをマッチングできるからまだやりやすい。しかし入学式はそうはいかない。初対面での恋愛マッチングとなる。つまり一目惚れで落とさなければいけないので、一年を通して一番難易度が高いのだ。しかも今年は中学卒業式も不審に終わってしまったからいつも以上に挽回が求められるが恋天使は半分以下に減っている。
ちっ、八方塞がりだが嘆いてもいられない。俺は数少ないエース級恋天使を一人、天界のキューピッド株式会社の体育館に呼び出していた。さすが天使の体育館だ。床だけでなく四方八方の壁と天井が全てコートになっている。3Dサッカーでもやるつもりなのだろうか。
「ど、ど、どうするんですか?」
美香が不安げにオロオロしている。ここはひとつ、現場リーダーとして安心させる必要がある。
「二つの手を打っている。一つは再配置してもらう事務天使への教育だ。そのためにサリエル副部長の協力をもらう予定だ」
事務天使に恋天使が無意識に実践している弾道計算理論を伝える必要がある。普通は何年もかけて育てていくものだがそうは言っていられない。やがて、サリエルも体育館に姿を現した。
「協力ありがとうございます。天使の射撃動画を撮影し、無意識の計算ノウハウとセットでデジタル化しちゃえば新配属天使にダウンロードしやすいかなと思いまして。よろしくお願いします」
俺は極めて爽やかにお願いしてみる。
「……まったく。ラファエル部長から天使使いが荒いので気をつけろと言われていたけど、想像以上だな」
「褒めてくださりありがとうございます」
怒っているのか呆れているのかわからない表情でため息をついている。ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。ラファエルの右腕であり、医療担当責任者も兼任する神々認定の正式な医師なので天使演算能力の高さは折り紙付き。理論解析を依頼するとしたらドンピシャの適任だ。胡麻のちょっとくらいなら擦ってもバチは当たるまい。
「……本当に、好き勝手言ってくれる。まあいい。確かに面白い学術テーマではある。やってみよう」
サリエルがエース恋天使の手を取ると天使のダイレクトリンクが確立する。念話リンクに比べ圧倒的な速度で情報を交換できるらしい。
「なるほど……どうやら線形代数、確率統計、微分積分、最適化理論、エントロピー、 離散数学などを高次元に組み合わせる必要があるらしい。一週間ほどの時間が必要そうだ」
七大天使といえども大変なんだな。まさか一週間もかかるとは。
「こんなことなら交渉と時の部屋でやらせればよかったか。今からもう一度あの部屋を開けられないかな」
俺の横で美香が慌てて首を横に振る。
「だ、だ、だめです。あ、あの部屋は目的外利用は禁止されています……それに、神通力の羽根はもう使ってしまったでしょう?」
確かに。とはいえ、ワイン醸造は目的外じゃないのかよ。と美香に行っても始まらない。俺たちは理論化についてはサリエル達に任せることにして、次の手を打つべく体育館を後にした。行く先は天使電車の駅だ。
「えっへーん」
自信満々で支給スマホをかざしてゲートを通過する美香。まあ、成長したということにしておこう。流石にもうホームを間違えることもない。スムーズに人間界へと移動できるようになっていた。
「こ、こっちですよね? 渋谷行のホームは」
自信満々の美香には申し訳ないが……
「あ、あのな、実は今回の行き先は渋谷じゃないんだ」
「え、そ、そうなんですか?」
「ああ。今回は違うところへ行かなければいけないから、隣のホームになるんだ」
「……も、も、もう、最初に言っておいてくださいよね」
こうして俺たちは天使電車ならぬ天使モノレールに乗り込む。やがてベルが鳴るとモノレールはゆっくりと動き出しトンネルを進みだした。何駅かを通過しスピードも乗ってきたところでトンネルから抜け明るい日差しが車内に差し込んでくる。レールは一気に高架へと昇っていき、左には大きな川、右には空港。そしてそのまま時速六十キロほどの速さで全駅を通過していく。左へ右へ、ビルの間をすり抜けていき、やがて終着駅に到着した。
北口改札を出て、エレベーターで空中歩道にあがると、その高さと眺望に驚嘆する。右手眼下には庭園、東へ進むとやがて首都高を越え大きなビルにたどり着く。六階のおしゃれなロビーで手続きを済ませると、スマートなロボットがエレベーターへと案内をしてくれる。そして、四十一階の会議室には様々なアート作品が並べられていた。
「す、素敵な部屋ですね。こ、こんなところで働きたいです」
「確かにな。わが社のオフィスや施設もある意味アーティスティックだけど、どちらかといえばトリックアートだもんな……」
そして、二人して大きくため息をつくのだった。
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