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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第十一話

「あら、可愛らしいお部屋。ピンクのカーテン、ピンクのぬいぐるみ」
「ピンクの部屋? いい年して乙女か? 乙女に憧れているのか?」
「いや〜、言わないでください〜」
「あら、洗濯物もピンクですね。可愛らしいピンクのブラ……」
「わー、わー、も、もういいですぅ、もうやめて〜」

 本気で慌てて騒ぎまくる美香。ふん、色々勘繰られた俺の気持ちが少しはわかったか。そう思うと若干気分が晴れる。それにしても、ピンクのブランケットだと? 本当にとことんお子ちゃまだな。少しは大人になってほしいもんだ。俺は呆れてため息をひとつ。その間も玲子による占いは続いていく。

「では、次は美香さんの仕事運を占ってあげましょう。えっと……」
「い、いや、それだけは勘弁して下さ〜い」

 これまで以上の慌てっぷりで両手で顔を塞ぐ美香。

「あれ?」
「ん、どうした?」
「ええっと、なぜかしら。アクセスエラーが発生しちゃいました」

 玲子は少し首を傾げる。反面、美香はほっと一息。

「最近ネットワークスピードが遅いことはあったんですけど、エラーは初めてかもしれません」
「……なるほど。天使データセンターの春風影響がさらに悪化してきているのかもしれないな」

 一派遣社員の業務情報など優先順位が高いはずもない。春風の影響で切り捨てられるとしたらまずはそこからだろう。そう考えると合点はいく。とはいえ、そこまで悪影響が広がっているとは。つまりはもうあまり猶予はないと見た方がよいか。俺はチラリと美香に視線を向ける。全身脱力の美香がテーブルに屈していた。まったく、大事な時に何で気を抜いてんだか。

「美香、ちょっと不具合はあったけど、天使データセンターへの接続能力のテストはこれくらいで大丈夫か?」
「……も、もう、大丈夫です。これ以上は勘弁して下さ〜い」

 ピンクの子供っぽい部屋がバラされたからへこたれたのか? どうでもいいや。俺は玲子との交渉を続けることにした。

「じゃあ、最初に申し出た通り、クリスタルビジョンへの買収を提案します。交渉に乗ってもらえますか?」

 玲子はにこやかに笑う。

「その前に、一つだけ確認させてください。数ある占いの中で、なぜ水晶占いの我が社を選んだのですか?」
「それは……」

 簡単な質問だ。

「他の占いはどのカードを示すか、どの筮竹を示すか、というふうに、かなり簡単な情報のやりとりで占いをしている。でも水晶占いは違う。水晶の中に3Dビジョンを動画で映し出せるほどの膨大なサイズの情報を引き出すことができる。俺たちが必要としているのは天界と人間間の大容量高速データ交換だ。だからクリスタルビジョン株式会社を選んだんだ」

 その答えに合理性を見出したのだろう。玲子はゆっくり頷くと、妖しく微笑んだ。

「では、ここで交渉と時の部屋を開放します。あ、秘密保持は守ってくださいね。一応、人間界では天界や天使の存在は内緒なので」
「はい。天使データセンターと契約した時点で秘密保持契約を結んでいますから安心してください」
「ありがとうございます。あ、その前にメールで上司に報告を……美香も報告しておけよ」
「は、はい」

 俺は会社支給スマホでメールを打つ。そのメールはエンジェルセレクト社の念令天使を通じてラファエルに伝わるはずだ。俺はついでに玲子の素性調査を依頼しつつ、交渉と時の部屋を開放することを報告した。

「では、行きましょうか」
「ええ。喜んで」

 俺はピンクの羽根を取り出すと、目の前でパキッと羽根を折る。すると、その羽からピンクの光が溢れ出し、それが頭上に舞い上がると俺たちを包み込むように降り注ぐ。まるで、桜の花びらが春風に巻かれて舞い踊るかの如く。やがてその光も八方に散り、目の前に大きな扉が出現した。

「この扉を潜り抜けると、三百六十五倍の速さで時間が進む異次元に入ることになります。覚悟は良いですか?」
「はい。交渉するには好都合ですね。そこでじっくり交渉しましょう」

 さすが、敏腕経営者と言われるだけある。玲子は肝が座っていた。

「心強いお答えありがとうございます。では、参りましょう」

 こうして、俺たちは交渉と時の部屋に入った。


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