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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第二十三話

第一話および目次はこちら

「あ、あ、あのう、今日の交渉はこちらの会社とJVを作るという話でしたよね」

 JVとは合弁会社のことだ。

「その通りだよ」
「そ、それで、ここは何をする会社なんですか?」
「ああ、ここは分散型コンピューティング開発会社だ。この技術は各地に分散している複数のデータセンターをまとめて集中制御することであたかも一つの大きなデータセンターのように動かすことができる技術だ」
「そ、そ、それで、それで、JVでは何を?」
「それは……」

 美香はごくりとつばを飲み込む。

「まだ内緒。どこで誰が聞いているかわからないからな」
「……」

 いて、いてて。無言でほっぺた膨らませてポカポカ叩いてくるなんて、なんとも理不尽なことだ、まったく。どうせこの後この会社に、天使データセンターと人間界を繋いだバーチャルデータセンターを創ろうと提案するんだから少し待っていればいいものを。そうこうしていると、会議室に一人の男が入ってきた。

「ようこそお越しくださいました。DDC代表の中村です」

 俺たちも立ち上がり挨拶をする。そう、この会社との交渉が、二つのうちのもう一つの施策だ。相手の社長の中村はかなり高そうな生地のスーツを身にまとっている。某カジュアル衣料ブランドで低価格調達している俺とは大違いだ。しかし、そんなことで臆していては交渉を成功には導けない。俺は怯まずJVプランを説明した。

「……以上から、我々としてはぜひ貴社の力をお借りしたい。天使の力と御社の技術を組み合わせれば、今までの人間界には存在しないとんでもなく新規なデータセンター事業を作ることができます」
「なるほど。興味深いですね」

 DDCはディストリビューテッド・ダイナミクス・コープの略。日本屈指の大手通信会社の子会社だ。その社長ともあれば一般人には知られていない天使の存在も把握しているようで天使の話を聞いても驚きもしない。経産省や産総研のプログラムにも参加しているようなので、そっちルートから噂を聞いているのだろうか。

「では、JV交渉に乗ってもらえますでしょうか」
「そうですね。まずは基本合意に向けて議論を進めましょう」

 こうして俺は中村と議論を続け、翌日からもこのオフィスに通い続けることにしてオフィスを辞すると近くの桟橋にあるホテルに向かい歩みを進めた。

「美香は一度天界に戻ってラファエルに今回の作戦の報告をしてくれないか。それと二つ準備をしてもらえるように交渉をしてきてほしい」

 この前の玲子との交渉結果を見る限り、彼女はどんくさいようにみえて実は交渉は上手な気がするから任せて大丈夫だよと俺の直感が訴える。

「い、いいですけど、な、なにを準備するんですか?」
「一週間後の朝に貸し切りの天使モノレールを用意してほしいんだ。それと、天使のコスプレ十着も用意してほしい」
「……ほ、本気ですか? 天使コスプレ……へ、へ、変態じゃないですか」

 そういうと真っ赤な顔をして更にポカポカ叩いてくる。だから痛い、痛いってば。まったく、なんで変態と言われなければいけないんだ? 本気で必要なんだとわからないもんかな、まったく。

 こうして美香が天界で役員との交渉、俺がDDCとの交渉と役割分担をする。俺はDDCの取締役、CFO、開発部長、法務部長などありとあらゆるメンバーと議論を尽くす。そして一週間の期限ぎりぎりになってやっと基本合意書が完成した。そこには今後の交渉の方針だけでなく秘密保持の条項も入っている。これで彼らを天界に連れていくことができるようになる。

「……なんとか間に合ったな」

 俺は基本合意書にサインをすると、中村社長率いる交渉チームと天界へ行く約束を取り付けた。翌朝、中村社長は部下を三十人近く連れて駅にやってきた。そして、美香が無人のモノレールをホームにつけて俺たちを迎える。

「順調に準備してくれたな。うまく交渉してくれてありがとう」
「え、えへへ。で、でも、天使コスプレはいつ着ればいいんですか?」
「……そ、それは今じゃないんだ。またの機会に……」

 相変わらずおとぼけ全開の美香の頭をなでると、俺は中村社長たちをモノレールに案内した。

「良くいらっしゃいました。みなさんにはこれから天界に入ってもらいます。しばらくはモノレールの旅をお楽しみください」

 そして俺たちは一番後ろの車両に乗り込む。

「あ、あ、あのう。今から天界に行ってどうするんですか? 今日はパスクエッタですのでワイン配達を言い渡された管理部員くらいしか出社していませんけど……」
「だからだよ。このような好機は今しかない。であれば、やることは一つしかないだろ」
「ひ、ひとつ、ですか? 一体何を?」
「それはな……」

 俺は美香の耳に近づくとそっと囁く。

「DDCとの交渉には時間がかかることはわかっていた。だから、交渉と時の部屋をもう一度使うしかない」
「……えー!?」
「しー。しー」

 美香は慌てて両手を口に当てる。DDCの社員たちが一瞬俺たちの方を振り返るが、またそれぞれの会話に戻っていく。

「で、で、でも、もう羽根はないんですよね?」
「ああ。だから何とか今日に間に合わせたかったんだ。それと君に一肌脱いでほしい」
「ちょ、ちょっと。やっぱり私の……見たいんですか? セクハラですよ?」

 あー、また。そういう勘違いするわけね……俺もそろそろ美香の反応パターンを学んで言葉を選ばないと、いつか本当に捕まるかもしれない。

 

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