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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第十四話

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「とにかくグリゴリ証券を雇った依頼者が誰なのかを見極めることが大事だ」
「そ、その相手、予想つきますか?」
「可能性は二つある。一つは春風騒動を起こした犯人だ。その場合は間違いなくキューピッド株式会社内の誰かということになるだろう」
「そんな……春風騒動だって実は何かの事故という可能性も……」
「その通り」

 美香はたまに妙に鋭い指摘をすることがある。その視線は眠たそうなのに。

「まだ犯人がいるとは決まっていない。で、もう一つの可能性は……」
「だ、だ、だれですか?」
「玲子だ」
「えええ?」

 美香は口を塞いで驚く。自分で自分を買収するってどう言う意味? と問いかける視線だ。

「玲子が今回の買収条件を引き上げようとしていた場合、俺たちに対する対抗馬がいるかいないかで交渉ポジションは大きく変わるだろ」
「た、確かに」
「そのために存在しない架空の買収候補をでっち上げて一芝居打っている可能性は否定できない」
「……そ、そ、そんな風には……良い人そうでしたが……」

 美香は眉を顰める。まったく、天界に長くいると天使と同じく性善説に染まってしまうらしい。天使は狡猾な人間に騙されても神通力で鉄槌を下せばいいかもしれないが、俺たち人間はそんな力は持っていないんだから、簡単に性善説に流されてはいけない……なんてこと、美香に話しても理解しなさそうだ。

「これを見てみろ。ラファエルに特急で調べてもらった結果だ。向こうの時間で半日で調べてくれたんだから、奴にしたら頑張った方だな」

 仮にも上司である大天使に対してあまりにも無礼な言い方ではあるが、他に誰も聞いちゃいないから構わないだろう。美香は俺から受け取った封筒を開けてレポートの概要に目を通す。

「し、し、シリアルアントレプレナー?」
「ああ。連続して起業する起業家のことだ。彼女は水晶占い事業を始める前は別の事業を興していた。それを複数社競わせて売却し大きな富を得た」
「つまり……」
「別に悪いことじゃない。正当に売却価額を高める努力をしているということだ。問題は、俺たちはどう対応するかだ」

 俺はさらに声を絞るために、美香の耳元の口を近づける。

「ち、ち、ちか、近い……」
「誰にも知られるわけには行かないから小声で言うぞ」
「は、はい、で、でも……心の準備が……」

 俺は構わずに続ける。

「もし真の相手がキューピッド株式会社の誰かの場合は価額で負けないようにしなければいけない。そのためには、うちの会社のどの部門の天使でどの程度の金額を動かすつもりかを確認する必要がある。そして、その上の提案をしなければ買収に勝てない」
「あわわ……」
「一方、もし玲子の芝居だとしたら高い価額を示すのは相手の思う壺になる」
「ぐ、具体的には、ど、どうしたらいいのですか?」

 美香はオロオロしている。

「色々仕掛けを打って、相手がどちらか暴き出す」
「い、色仕掛けですか?」
「あほ。色々と仕掛けを打つんだ。色仕掛けじゃない。そもそも、色仕掛けできるような胸もないくせに何言ってんだか」
「む、む、むきー。何よ、それ。私だって、ぬ、ぬい、ぬい……だら、すごいん……です……」

 言いながら顔を真っ赤にして下を向く。まったく、無いものは無いんだから見栄はっても仕方ないと思わないのだろうか。

「とにかく。こちらからの仕掛けでなんとか敵の正体を暴かないといけない。そのためにはあのワインを借用する必要がある」
「は? わ、わ、ワインですかぁ?」

 美香はいつも以上にどんくさい声で驚きの意思を表していた。


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