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2019年 中高生部門(高校生の部)最優秀賞『ノートル=ダム・ド・パリ』

受賞者
室井 怜音さん 高1

読んだ本
『ノートル=ダム・ド・パリ』 ユゴー作 辻昶、松下和則訳 岩波文庫

作品
★文中に本の結末がふくまれています★

 街を見守る大聖堂と人間の運命

 二〇一九年四月十五日、パリのノートル=ダム大聖堂から煙が立ちのぼり、尖塔がくずれ落ちる映像を見たとき、僕は衝撃で言葉を失った。というのも、二年前の夏、僕はこの大聖堂を訪れ、塔の階段を上り、大聖堂の上から見るパリの景色に感動したのだった。パリの中心、シテ島にどっしりと構え、ずっとパリを見守ってきたこの大聖堂は、現在、鉄パイプに支えられ、シートに覆われた痛々しい姿でたたずんでいる。

 僕は、この機会に、ユゴー著『ノートル=ダム・ド・パリ』を読んでみることにした。物語の舞台は一四八二年のパリ、醜い容姿の鐘番カジモド、司教補佐クロード・フロロ、ジプシーの踊り子エスメラルダの三人と、彼らを取り巻くパリの様々な階級の人々の様子がダイナミックに描かれた小説だ。これと同じく実在する建物を舞台にした小説に『オペラ座の怪人』がある。オペラ座の地下に住む怪人が女優クリスティーヌをめぐって次々と事件を巻き起こすサスペンスだ。オペラ座の舞台裏の巧妙な仕掛けには息を飲み、あの建物にそんな世界があるとはと興味をそそられたものだ。『ノートル=ダム・ド・パリ』では、建物の中にとどまらず、外で起こる出来事や人々の様子まで、より広い視点で書かれている。筆者の指示で映画のように場面が切り替わるので、僕はミニチュアの世界を上からながめ、細部を小型カメラで見て回っているような気分になった。

 もちろん、物語の中心にはいつもノートル=ダム大聖堂がある。ノートル=ダムは、カジモドにとって宇宙そのもので、カジモドが一番に愛情を注ぐのは大聖堂の鐘だった。フロロがエスメラルダへの欲情にもだえ苦しむのも、カジモドに救われたエスメラルダがかくまわれて、三人の激しい攻防が行われるのもノートル=ダムである。大聖堂前の広場で起こる数々の出来事、挙句の果てには民衆の攻撃を受けても、それを静かに受け止めるノートル=ダムの存在感。それは、今回僕が見た、火災に見舞われてもどっしりと構えるノートル=ダムの映像とぴったりと重なった。

 そんな大聖堂の様子とは対照的に、そこで人間たちが繰り広げる物語は、激しい情念のぶつかり合いだ。エスメラルダに歪んだ愛情を押し付けるフロロ、護衛隊長フェビュスに一途に恋するエスメラルダ、婚約者がいながらもエスメラルダに求婚する不誠実なフェビュス、そしてエスメラルダに純粋な愛情を抱くカジモド。それぞれの思いはどれも一方通行で、ハッピーエンドとならないところが、何とも言えないむなしさと切なさをかき立てる。カジモド、フロロ、エスメラルダ、この三人はみな、自分の置かれている立場を超えたものに惹かれ、それぞれの「愛情」の形で自分の境遇を乗り越えようとする。カジモドは、自分の醜い外見に加え、鐘番になってから耳が聞こえなくなったことで、大聖堂に閉じこもるようになった。しかし、死刑になりそうになった自分をエスメラルダが救ってくれたことで、彼女に愛情を注ぐようになり、今度は自分が彼女を死刑場から救い出し、ノートル=ダムの中にかくまう。大聖堂の中でも、フロロの魔の手が伸びてくると、迷いなく主人にたてついて守る。しかし、エスメラルダは、カジモドの人間離れした外見を簡単に受け入れることができず、最後まで彼の姿をまともに見ることもできないし、心を許すこともない。カジモド自身もそれをわかっていて、なるべく姿を現さないようにする。一方フロロは、幼いころから司教になるように教育され、弟の面倒を見つつ、カジモドを拾って育てていたが、エスメラルダに恋をした瞬間からすべてが変わる。司教としてあるべき姿と愛するものを独占したい欲情の間に挟まれ、やがて狂気ともいえる歪んだ愛情として爆発する。当のエスメラルダはといえば、二人からの思いには一切目もくれず、ひたすらフェビュスを思い続ける。そしてフロロから死刑か自分を選べと問われると、迷わず死刑を選ぶ。結局この三人は思いを寄せる相手と結ばれることはない。愛する人を見つけたことで、新しい運命を切り開きたいと、情念のままに行動してはみるものの、枠の外に出てもありのままの自分を受け入れてもらうことは簡単ではなく、運命を変えることができずに終わる。

 この悲劇的結末は、自分の身に置き換えてみると悲しくなる。人間は、生まれながらに背負った運命を変えることはできないのか。しかし僕は、人間は何かを成し遂げたいと思う情熱を持っていて、そのエネルギーが人の心や社会を動かしていくのだと思っている。その証拠に、人の愛情を知らずに育ったカジモドも、エスメラルダの処刑後、恩人であるフロロを欄干から突き落とし、エスメラルダの墓に寄り添って一生を終える。ノートル=ダム大聖堂は、数百年にわたって静かに存在し続けているが、人間の社会は絶えず動いていくものだ。自分のあるべき姿と、それに収まりきれない情念とのジレンマ。いつの時代も、人間が運命を切り開こうとするときに何かのバランスが崩れ、それによってドラマが生まれるものなのだろう。しかし僕は、それはいつも悲劇で終わるのではなく、人間の勝利という幸せな結末をもたらす可能性も大いに秘めていると信じている。

受賞のことば
 ノートル=ダム大聖堂の火災の映像を見たときに感じた気持ちを何かの形で綴りたいと思っていたので、このような機会を与えてもらえて感謝しています。また、自分の思いを他の人にも読んでもらうことができ、とてもうれしく思います。
 この作品を読んで、パリという街とそこで生きる人々の様子を知ることができました。次は、別の角度から見たフランスが描かれている作品に挑戦したいと考えています。

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