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#ジェネ・ジェネ/ラリ・ラリ/ラリリズム

 パーポー、ペーポー。

 ドロドロ、ビチュビチュ。

 ハァハァ、アハハァハァ。

 シャパシャカ、パシャカシャ。

 キヤキヤ、アワアワ。

 ヒヒィ、ヒィ、ヒヒィ。

 イヒヒ、イヒ、イヒヒ。

ガラガッシャン!ッ。

バツン!ッ。

 ヒュゥゥゥウウウウウゥウゥウ………………


 瞬間。電撃が走った。走り始めた。

 と、感じるほどの激痛である。

 何をされたわけでもない。何をしたわけでもない。内から溢れ出すような痛み。叫ぼうにも声も出ず、涙も出ぬ。

 Boku ……いや、Watashiは辛抱堪らず蹲った。

 それはまるで、巨大な金棒で頭骨を叩き割られるが如き。

 それはまるで、長槍で肺を貫かれるが如き。

 それはまるで、鋸(のこぎり)で脚を削り断たれるが如き。

 しかし一方で、私の感じ方一つで全てが変わり得るような、そんな痛みである。

 身体中が苦痛の中にある。にも関わらず、何故か殴られた腹の鈍痛が最も根強く疼くことも、脳は沈着に機能していることも不可思議であった。

 そして。

 これらの痛みとともにWatashiは、ようやっと、世界の異変に気がついたのだ。

 血のように紅い泥の上、足の踏み場も無くすほどの蛆虫が集(すだ)き蠢き、立ち込める腐臭、歪んで原型を留めぬ建造物、その中で異質然としているのが、何ら変わりなく屹立する学校と城である。道行く者はさながら宇宙人。目が九つある者、口が両脚と背中に併せて三つある者。頭から一本脚が生えており、目も鼻も口もなく、本来の顔の位置から小さな四本の腕が伸びている化物まで。コヤマをはじめとしたクラスメイトや父母も歩いて来たが、彼らだけは人間の姿形を保っていた。眼の部分は空洞ではあるが。

 1人忘れている。

「やっと、取り戻した」

 鳴出だ。

 鳴出の風貌には表面上なんの変化もなく、ただ普通の人間だった。紫の髪に緑のメッシュ、顎は細く先端が尖っている。真黒のトレンチコートをだぼつかせ、異臭を漂わせる。変わらない。しかし、醸し出す雰囲気だけが異常に冷ややかで、先刻までと違うことは火を見るより明らかである。

 そもそも、鳴出、とは何者だ?

 何故Watashiは鳴出を友人だと思い込み、鳴出と何ら違和感なく喋っていた。何故?

「答えてやろう。それは、我々が『そう』設定したからだ」

「鳴出、貴様はやはり宇宙人の手先なのか?」

 鳴出はあからさまに眉を顰めた。チッ、と舌打ちをし、至極面倒臭そうに

「またこれか」

と呟く。

「いいか、お前は俺に、一千億回以上同じ質問を繰り返している」

「は?」

「正しくは一千三百二十億飛んで二百三十六回だがな。そして俺はヨナルデパズトーリ。鳴出でも宇宙人でもない。いいか、お前は既に死んだんだ。自分でな」

突如、夥しい数の流星が飛来する。瞳が反転し視界が点滅する。残像から実像へ、虚像から真像へ。私からの世界は万華鏡。散っては咲き、砕けては光る。甦るのは悍ましさと憎らしさ。肉塊、そう、記憶の蓋が開く。

 飛び降りて死んだ。マンションの屋上から。常習的かつ悪質なイジメが苦で。父母の束縛と重圧。兄からの性的虐待。泣きながら死んだ。この苦しみから逃れられるならそれで良いと思った。この世界から逃げられるならそれで良いと感じた。悲哀と微かな希望を胸に、私は勇気を持って飛び降りたのだった。

 全ての記憶とともに私は吐いた。びちゃびちゃと汚い音がした。身体中の底から湧き上がる、「今いる世界」への嫌悪から、込み上げた吐瀉物。苦しみは依然、私を抱き締めて、絞め殺そうとするのであった。逃げられたと思ったのに。変われると思ったのに。

「ここは地獄だ。お前のな。お前が何より望まなかった、父と母と兄の代わりと、クラスメイトがいる世界だ」

どうして!

 どうしてよ! 何故私はこんなにも苦しまなければならないの! 世界には幸福な人々が沢山のさばっているのに! 贅を尽くして人を食い物にし、弱者を痛ぶり吸い尽くしているのに!

 どうして私だけ!

「それだよ」

 溜息を吐くように鳴出は応えた。

「お前は何もかもを諦め、他人を憎み、自分だけが苦痛を受けていると信じて止まず、卑屈になり、世界の全てに唾を吐き、そして結局、自死に逃避した。
だが逃避の先に、幸福があると信じたこと自体間違いなのだ。生ある逃避は現状の保留でありそれ以上の展開はない。生を放棄する逃避の結果は今お前が経験している通りだ。最初から、逃避という選択肢に幸福は付随しないと決まっている」

 私は言葉を失った。

「そもそも何故、死が救済になると思ったのだ。手を差し伸べるのは死ではない。生だ。お前たちは生の意味も死後の世界の真実に対しても無知なのに、自分勝手な都合で決めつける。崇拝する。嫌悪する。そしてまた罪を重ねる。
 お前が犯した罪の話をしよう。
世界のありようは基本、螺旋系で説明がつく。一見すると同じ過ちを繰り返して形成されているように見える歴史も、実際は段階が少しずつ上がっているし、生物進化も緩徐たる歩みを経て、より良い貌(かたち)へと上(のぼ)っていくのだ。そしていつかは頂点に辿り着く。
 問題はお前の死が、その螺旋を破壊し円環にしてしまったことなのだ。円環とは、停滞だ。何の展開もなくただ廻るだけ。人間にとってどうかは知らんが、ここでは生命(いのち)の重さはみな平等。螺旋を破壊することは、1つの生命のみならずそれに続く億万の生命が消えるということでもある。自分を殺すのも他人を殺すのも、大した違いはない。螺旋の破壊に関してはな。
 故に円環に閉じ込める。
 何度も自分の現世の苦痛を体感する。そしてお前は、今回が一千三百二十億飛んで二百三十六回目、という訳だ」

 もう聞くのすら辛かった。身体の激痛が尋常ではない。言葉が耳に届かない。頭がぼんやりとして、早くこの場を去りたいという気持ちだけが私の視界と音を埋め尽くしていく。

「しかし、それで記憶まで残してしまったらあまりに酷だと。ある穏健派の上司が意見したようでな。最近、『大衆に迎合した形』へと仕様が変更されたのだ。  
地獄の全てが現世に見える程度に対象者の理性と記憶を奪い、理性が消えている間の苦痛を快楽へと変換する。ループ回数分の快楽は蓄積され、元の人格を取り戻した瞬間に苦痛へと再変換される。
 そして、……ああ、走って行ってしまった。また逃げたな。どうやらアイツには俺の言葉も届かなかったらしい。繰り返す度に苦痛は増大し抜け出せなくなるというのに。また飛び降りるのだろうな、きっと。円環に閉じ込められた人間が滅多に出られることはない。

 さて、そろそろ交代の時間か。この業務も疲れるものだ。自死する人間とそれを追い込んだ人間、まとめて同じ地獄に放り込めるなら楽なんだがな。如何せん罪の重みが違い過ぎる」



 ヒュゥゥゥウウウウウゥウゥウ………………

バツン!ッ。

ガラガッシャン!ッ。

 パーポー、ペーポー。

 ドロドロ、ビチュビチュ。

 ハァハァ、アハハァハァ。

 シャパシャカ、パシャカシャ。

 キヤキヤ、アワアワ。

 ヒヒィ、ヒィ、ヒヒィ。

 イヒヒ、イヒ、イヒヒ。



 ……今日も涼しい風が吹く。

【あとがきにかえて】

 うーん。中々尖った作品と言いますか笑 だからこそ私は暫く気に入っていた作品ですし、今では反省点の多く見つかる作品ですね。

 当時の考え方や押し殺していた思いの丈を、存分に吐き出した作品ではあるので。良くも悪くも、嫌いにはなれないです。私は執筆当時の私を憎からず思っていますから笑

 あ、ところで。この作品のために韻を勉強しようと思い立ち、ラップを聴き始めました。今は日本語ラップが本当に好きです。この作品は私を日本語ラップに引き合わせてくれたと言っても過言ではない気がします。

 色んな意味で、転換点になった作品ですね。加筆修正は基本していません。カクヨムに出すときは少しだけ、しようかなと思っています。

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