忙殺は惜しみなくワタシを奪う

ひさびさに労働をしている。
生半可な忙しさじゃない、息ができずに苦しい。
たとえるなら洗面器に顔をつけてストローのシュノーケリングで呼吸している感じである、って実はやったことないんだけど。
もっともこれは個人的な絶対評価で、おそらく相対的には、、、
真面目に仕事をしている普通のサラリーマンの8割程度、、
自殺者をだすブラックな広告代理店の2割程度の忙しさなんだと思う、ってもちろんなんの根拠もない、なんとなくである。
まあ、ワタシにとっては死ぬほど忙しい。
こんなもん期間限定で、すぐに仕事はなくなり生活費にこまるのだが、取り敢えず忙しい。
たまには死ぬほど忙しなければ食ってはいけない。
死ぬほど暇なときのほうがずっと長いからである。
それにしてもなんだろうこの感じ。
まず本が読めない、時間がないというのもあるが読む気がしない。
思索をする気がおきない、というより思索という発想が浮かばない。
写真も撮れない、外出の気力がおきない。
noteもみない、見る気がしない。
そんなもんupしているのは暇なヤツだけだ、とさえ思えてしまう。
余裕がない。
忙殺である。
忙しさに「殺された」。
すでにワタシは殺された。
ここで忙しがっているヤツは既にワタシではない。
ワタシが殺された亡霊である。亡骸である。
だめだ、このままの忙殺され乗っ取られる。
野垂れ死にしてでも暇人でいなければワタシではなくなる。
今日は、絶対暇人になりnoteをupしよう。
完全に殺されるまえに、、、
かろうじてワタシを取り戻せるうちに、、、
ん、仕事はどうするかって、、、??
あとは野となれ山となれ。

世のサラリーマンは忙霊ばかりなのか。
はたして自分を保てているのか?
こんな経験をすると、、、
他人事ながら心配になってしまう。


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