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2020年 初読本ベスト5

はじめに

2020年も光陰弾丸のごとく過ぎ去ってしまいました。疫病の流行があり、慌しい一年だったように思います。そんな中でも本は読むものです。どのような本を読んだかしら、と振り返ってみて初読の本のベスト5を考えてみました。

振り返ってみると、再読した本というのも多いですね。面白いことがわかっていて、この本を読みたい気分だな、ということが多くなっているような気がします。読んだことのない作者の本を読むときは、本当に面白いかしらと懐疑的になってしまいます。それでも、読んでみると大抵楽しく読めるのでどんどんと新しい本も読んでいきたいと思うのです。

改めて断っておきますが、このベスト5には再読の本を含んでいません。今年は「カラマーゾフの兄弟」を再読していたので、再読の本を含めるとこれがぶっちぎってしまいます。やはりどちゃくそ面白いですね。別途、生涯のおもしろ本ベスト10くらいも考えたいものです。

一応、便宜上、順位を付けましたが、厳粛な審査基準に基づいているわけではないです。感動した順か、といわれるとそうでもないですし、勉強になった順ということでもないですね。読書はタイミングと関係性が多分に影響するものだと思います。ここに挙げた本に私は今年、出会い、激しくぶつかることになったのです。その激突の衝撃出力順で並べたというイメージです。御託が長くなりましたこと、お詫び申し上げます。では、どうぞ。

1位 郝 景芳「1984年に生まれて」 

最も良かったと思ったのはこの「1984年に生まれて」でした。ジョージ・オーウェルの「1984年」も好きで、アジアのサイエンティフィックなヴィジョンも好きな自分としては気になった一冊でした。しかし、SFの要素は大きな背景として描かれることはあっても、思っていたようなバリバリの「1984年」という感じの著作物ではありませんでした。思っていた方向性と違っていても、自分が強烈に引き寄せられたのは、主人公の女性とその父の憂鬱の感情の揺さぶりがあったからだと思います。

感情を移入して本を読むことは少ないのですが、父の「ここではないどこか」への焦燥と主人公の女性のくすぶりというものに囚われて、想像以上にこちらの心身にも影響を与えられました。端的に言えば、読んでいてしんどくなったのです。読書という体験の中で、それは気持ちの良いものではなかったのですが、確かに自分の中に残るものではありました。

この本の提示する生活の確かな実感とサイエンティフィックなヴィジョンのバランスに非常に感化され、感情の波をとらえられたという点で2020年の私の一押し本はこれだと言いたいです。

2位 中村 元「龍樹」

何となく漠然と仏教徒なのかしら、と自己認識していましたが、この本を読んで、自分の世界認識はこの龍樹が提示する「空」の思想にかなり共鳴するところがあると感じました。

本としては、単純に龍樹のエピソードを楽しんだところに加えて、出色なのはやはり「空」について述べるところです。この「空」思想を『中論』を交えながら余すところなく提示するこの一冊はまさに生きるに必要な本と感じさえしました。

それは、「空」の思想が虚無論ではないことを強く認識するに至ったからかもしれません。「空」があらゆるものを内包し、かつ何物も含有しないゆえにこの世界の自己認識はかくありえるのだと思うに至ったことは自分がこの本から多大な影響を受けたことを意味すると思います。

3位 國分 功一郎「暇と退屈の倫理学」

皆さん、暇ですか?退屈ですか? 暇と退屈は冬のすきま風のように、いつでもあなたの側に入り込んできます。いかな充足した人生を築き上げていったとしても寸分の退屈のない生き方などありえないと思います。

この本は暇だ、と感じたその瞬間にあなたの助けになると思います。それは退屈を紛らわす意味でも、退屈を感じなくなるという意味でもなく、どう退屈と向き合うか、という意味での助けです。

自分はこの論考を読んで、特に退屈の第二形式をはっきりと認識することである力を得たように感じます。何事も徹底して考えることは楽しい。そんなことを思いました。あらゆる退屈を感じる人におすすめです。少なくともこの本を読んでいる間は退屈をしないと思います。

4位 ハン・ガン「菜食主義者」

菜食主義者が引き起こす過剰にポップとも思える大立ち回りから、世代間闘争、性のあり方、人間のあり方、をえぐり取るように提示して見せてもらいました。

面白いと感じたのは菜食主義者としての主人公の言動ではなくて、彼女を取り巻く人たちの反応でした。それは矛盾をはらんでいたり、非常に混乱していたり、あくまでも現実的な対応に終始していたり、何か確かに人間はこんな感じだよな、と奇妙な説得力がありました。

主人公の女性が最後に見る境地の景色、ヴィジョンを自分も見てみたいとは思わないのですが、不思議な共感をもって締められるこの物語に魅了されたのだと思います。明るい気持ちにはあまりなりませんでしたが、よかったと確実に感じられる一冊です。

5位 東 千茅「人類堆肥化計画」

自分にとっては不可思議な文章群で、どこか憎悪を感じる文章の中に、腐臭がして、熱がはっきりこもっていて、それでいて明らかにだらっとしていて、つかみどころがない居心地の良さを感じたのでした。

この本を読んでいくと、田舎の中で自然に紛れて、自然と溶け合って、腐っていくことをよしとする潔さに気持ちが良くなって、特に田舎とは言えないところに住んでいる自分について考え始めることになりました。けれど、この文章には冷たさが感じられないのです。そして、そちらがそんな風に腐敗していくのであれば、こちらはこちらの腐敗があるのだと向こうを張っていく気軽さというか、前向きさをいうか、そんな力を得ることになりました。

不思議な出会いの文章でした。透徹しない透徹さという感じが非常に印象に残った一冊です。ぜひ。

さいごに

ここまで読んでいただいた方がおられましたら、まずは御礼申し上げます。2020年もすっかり暮れてしまいました。ともかく、今は健康に過ごしていくことが大切なのかなと思います。来年も元気に本を読んでいきたいですから。それでは、良い年末年始をお過ごしください。

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