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文字通りつまらない住宅地の全ての家が登場する群像劇ーミニ読書感想「つまらない住宅地のすべての家」(津村記久子さん)

津村記久子さんの「つまらない住宅地のすべての家」(双葉社)が面白かったです。文字通り、つまらない住宅地の一角のすべての家の住人が登場する群像劇。みんなどこか後ろ暗い秘密を抱えているんだけれど、それをうまいこと隠して生きている。そして、普通の顔をして生きて、ご近所の動向に目を光らせる。まさに住宅地あるある。大変な日々をそれでも生きるために、みんな自分が普通だと思いたい。


NHKでドラマ化しているのを見て気になり、購入。津村作品は過去に「この世にたやすい仕事はない」を読みましたが、共通するのは静かで少し不穏な独特の文章のリズム。それでいて、人間の微妙な感情のひだを撫でるような感触があります。

気に入ったのはこんなシーン。

どこの家も大なり小なり変なのは頭でわかっていても。妙な話だけれども、亮太は、母親が家を出て、父親が今以上に母親に家に帰ってきてもらう計画に没頭していた頃は、それまでや今よりも熱心にこの家から漏れてくる声を聞いていた。どの家も変だということを強く自覚したかったのかもしれない。
「つまらない住宅地のすべての家」p89

亮太というのは、この住宅地に住む中学生で、お母さんがお父さんに愛想をつかし出て行ってしまった。しかしお父さんはうまいことそれがバレないように過ごしている。

最近の楽しみは、住宅地の倉庫の前で友達とたむろし、ある豪邸の会話を盗み聞きすること。なぜそんなことをするかと振り返った時に、「どの家も変だと自覚するため」、つまり自分の家も別にそこそこ普通だと納得するためだと言い聞かせる。

自分のやっている「小悪」に自覚的で、でもそれを止めることもない。そんな、愛すべきというほどでもなくて、でも憎めない人物造形が津村作品のポイントのような気がします。

物語は、このつまらない住宅地へ。刑務所を脱走した女性が向かっているとの情報が出ることで動き出します。たまたま自治会長だった亮太のお父さん(妻に逃げられた男性)が、かわりばんこの「見張り」をやろうと各戸に提案して回る。

実はこの住宅地には、不登校の息子を監禁しようと計画する夫婦や、少女誘拐を企てる男性などが住んでいる。亮太の言う通り、「どの家も変」。そんな住民たちがどう連携することになるのか。

静かな池にぽちゃんと石が落ちるように、不穏さがジワジワ広がる。でも最後は「読んでよかった」という温かい気持ちに溢れました。

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