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読むという奇跡ーミニ読書感想『プルーストとイカ』(メアリアン・ウルフさん)

小児発達の研究者メアリアン・ウルフさんの
プルーストとイカ』
(小松淳子さん訳、インターシフト、2008年初版発行)が面白かったです。不思議で印象的なタイトル。読書の楽しみと奥深さを解くプルースト。それとはなんの関係もなく思えるイカ。それがつながる時、「読む」という行為がいかに奇跡であるか、見えてくる。


本書が特徴的なのは、ディスレクシア、いわゆる読字障害や学習障害についてもかなりの分量を割いて扱っている点。つまり、読むという奇跡に関して考えるにあたり、「読むことが難しい」障害にも光を当てている。

それが、タイトルにおけるイカが指し示すポイントでもあります。

 科学の観点から言うと、ディスレクシアは、素早く泳げないイカの子どもの研究に少しばかり似ている。このイカと他のイカとの配線の違いが、泳ぎに必要なことと、このイカが泳げなくても、他のイカたちと同じように生き残り、繁殖していくために授けられたに違いない独特な能力について教えてくれる。

『プルーストとイカ』p41

素早く泳ぐことが当たり前に見えるイカのうち、素早くは泳げないイカ。その存在について研究することで、「イカはなぜ素早く泳げるのか」が、逆説的に解明される。

これと同様に、ディスレクシアの解明は、人間の読む力の謎の解明に資する。すると、読むことが決して当たり前ではないことが見えてくる。どれだけの進化と、脳の連携プレーによって読字が成り立つか。本書の前半半分はその歴史的、科学的解明です。「読むってすごいことだ」と感嘆する。

それと、この引用箇所ではもう一つ素敵なことを言っています。素早く泳げないイカが、その一方で授けられている独特な能力の解明。そう、ディスレクシアは「欠陥」ではない。脳の機能が独特な一方、別の能力が備わっているケースがある。

なので本書は、一度で2度美味しい。読むことの奇跡に触れ、読むことがより愛しくなる。そして、ディスレクシアのような障害が待つ、別の可能性にも目を向けることができるのです。

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