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インフレを招いた三つの行動変容ーミニ読書感想「世界インフレの謎」(渡辺努さん)

経済学者渡辺努さんの「世界インフレの謎」(講談社現代新書)がとても勉強になりました。2022年10月20日刊で、目下の世界的インフレの解説を試みたタイムリーな一冊です。驚いたことに、このインフレはウクライナ危機に起因するものだけではない。新型コロナウイルスが起こした三つの行動変容が、もっと根本的な原因ではないかと説きます。


消費者の行動変容

まず一つ目は消費者の行動変容でした(124ページ)。感染拡大はレストランやフィットネスクラブなどサービス業に打撃を与えました。流行が落ち着けばまたサービス消費が戻るかと思いきや、そうではなかった。むしろ、巣ごもり・おうち時間の行動はかなりの程度定着しました。

モノからサービスへ移転が進んでいた消費トレンドが逆流した。再びモノ消費が増え始めた。しかし、機動的に店を再開できるサービス業に比べ、何かをつくる製造業は生産インフラを簡単に変化させられません。消費者の行動変容に供給がついていかないのです。

労働者の行動変容

感染の波が落ち着いた後も定着したものに、テレワークが挙げられます。二つ目の行動変容は労働者でした(133ページ)。米英では、大量離職、大量退職が相次いでいるといいます。人と人が密接に集合していた労働環境にノーを突きつける労働者が増えたということです。

これもまた、供給不足を招く要因です。

また、1日が自宅で完結できる人が増えると、仕事場周辺で栄えたサービス業の一層の衰退につながります。

企業の行動変容

三つ目は企業の行動変容でした。グローバル・サプライチェーンの見直しです。

ロックダウンや職場感染でチェーンのごく一部が停止すると、生産活動が機能停止することがコロナ下で明確になりました。ロシアによるウクライナ侵攻で地政学的な危機感が意識されたことも相まって、生産拠点を本国周辺に移す「リショアリング」が大きな流れになっています。

しかしながら生産インフラの再構築は短期間では完了しません。ここでもまた、供給力に影響を与える結果となります。

三つの行動変容が「突然」「同期」したことで、劇的な供給不足が起こり、インフレが発生した。この現象がコロナによる景気後退、ウクライナ危機による供給停滞だけが要因ではない姿が見えてきます。

日本特有の病

著者は、日本にもフォーカスを当てており、読者の身近な問題意識に答えてくれています。曰く、日本は「慢性デフレ」という病から抜け出せずにいる。「慢性デフレ」と「急性インフレ」の「合併症」になっているとの理解です。

慢性デフレは、「物価が上がらないこと」と「賃金が上がらないこと」が互いに手を取り合ったまま凍りついたかのように継続する現象。どちらも上がらなければ現状維持であり、労働者・消費者にとってダメージは小さいのですが、ここに急性インフレがやってきてしまった。手を取り合ったうち片方の物価が、強制的に上がり始めた。

では、賃金も上げられるのか?それとも賃金は横ばいで、生活が劇的に苦しくなるのか。その瀬戸際に私たちがいます。

本書に書かれていることは特効薬ではありませんが、現状がクリアに見えるようになりました。良書です。

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