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失われる狩りの景色の活写ーミニ読書感想『完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきまのか?』(田中康弘さん)

カメラマン田中康弘さんの『完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきまのか?』(ヤマケイ文庫、2023年6月5日)が面白かったです。『おすすめ文庫王国2024』にランクインしていた本書。タイトル通り、日本のあちこちで昔から続けられてきた狩り(獣肉の調達)に目を向ける。だんだんと失われつつある狩りの様子、そこで得られる肉の味を活写してくれています。


写真がふんだんに使われていて、めくっているだけでも楽しい。キャプションもクスッとしてしまうユーモアに溢れている。著者は、なんというか自分に酔っていない。心底、狩り、ジビエ(獣肉)、そこに従事する人が好きで、そのことをシンプルに綴っている。読みやすく、すっと入っていける。

たとえば、シカ猟の様子。

乾いた発砲音が森にこだまする。倒れたシカはそれでも逃げようともがく。しかし井出さんは二の矢を放たない。仕留めたことは確実だからだ。倒れたシカへ向かう途中で猟犬が追いついた。犬を制すると井出さんはナイフを取り出してトドメを刺す。緑色をしていたシカの瞳から急速に力が失われ、そして群青色に変わる。見慣れた死の光景である。

『完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきまのか?』p239

見慣れた死の光景。猟師とともに、何度も山に入ってきた著者だからこその、淡々とした描写。弾が当たったシカに追い討ちをかけないこと。死に向かうシカの瞳は生命を映し出すような緑色から、群青色に変化すること。なんとも濃密です。

また本書では、命のやり取りである猟が現代においていかに持続困難かについても、目を逸らさずに記述している。漁師になる人は少ない。でも地域によっては害獣が増えている。そこで自治体は経済的インセンティブとして報奨金を設けているけれど、これが必ずしもうまく機能していない。

耳や尾だけを切り取られて山の中に捨てられた多くのシカ。それを横目に少なくなったシカを追う猟師たちは、犬が罠に掛からないことを祈りながら走り回るのだ。補助金が少なければ誰もシカを駆除しない。多ければ地域に微妙な軋轢を生む。この問題は実に厄介である。

『完全版 日本人は、どんな肉を喰ってきまのか?』p123

報奨金をもらうための証拠として、耳や尾を切り取られ、だけどもジビエとして食されることなく、打ち捨てられたシカ。報奨金目当てだと、食べる目的ではないので、とにかくシカを捕獲すれば良い。そうすると闇雲に罠を仕掛けることになり、猟師のパートナーの犬が巻き込まれかねない。

持続が困難な生業を経済的インセンティブで支えようとする取り組みはあちこちであると思いますが、やはりなかなかうまくいかない。このパートを読んだ時、なんだかX(Twitter)に湧くインプレゾンビを連想しました。金目当ての人はたいていろくでもない。

もっと著者に続いて山に入ってみたい。そう思える良書でした。

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