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情報という石油・恐怖という炎ー読書感想#39「告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル」

情報が新時代の石油ならば、それを燃やす炎の名前は「恐怖」だった。選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカの恐ろしい選挙マーティングの内幕を暴露した「告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル」を読んで確信しました。著者のブリタニー・カイザー氏は同社の営業を務めていて、中枢ではないものの貴重な証言となっている。


「スーパープレデター」とミシェル動画

トランプ氏VSクリントン氏となった2016年米大統領選。このとき、非常に話題になった二つの選挙コマーシャルがある。

一つは「ヒラリーはスーパープレデター」。1996年、当時、大統領夫人だったクリントン氏の演説の一幕を切り取った、トランプ陣営のビデオだった。この内容が、アフリカ系米国人に絶大なアピールとなった。

(中略)その演説のなかで、ヒラリーはこう言っていた。「もはや、ただのギャングではありません。彼らは超凶悪略奪者(スーパープレデター)と呼ばれる未成年なのです。良心もなく、共感する心ももたない。何が彼らをそんなふうにしてしまったのかを語ることはできます。ですが、まず彼らを従わせなければなりません」ヒラリーは、20年前、夫のために行った選挙演説でこの発言をして、当時広まっていた黒人の若者に関する通説に同意を示した。ヒラリーはこの発言を謝罪したが、今ではそれが攻撃材料に使われていた。(p295)

トランプ氏の「メキシコ国境に壁を作る」という発言が大概だと思っていたら、実はヒラリー氏の「さらに差別的と受け取れる」発言が流布していた。もっとひどいことを言っていると思わせる内容で、実際にそう思わせることに成功した。

もう一つはミシェル・オバマ氏のビデオ。ミシェル氏は2007年、オバマ前大統領がヒラリー氏と予備選を戦っていた当時、選挙キャンペーン中でも家族との予定を優先させると語り「家庭を切り回せないようなら、ホワイトハウスは絶対に切り回せない」と発言した。これを編集したビデオもまた、夫のスキャンダルもあったヒラリー氏に大統領は任せられないという印象を与えた。


室温を上げる

トランプ陣営を支援していたのがケンブリッジ・アナリティカ(CA)社だった。CA社はフェイスブックを中心に個人データを抽出、収集し、それぞれの性質に基づいてマイクロターゲットな選挙広告を放った。その内容が上記の通り、ヒラリー氏への恐怖や情けなさを喚起するものだった。

ブリタニー氏によると、その成果は絶大だった

 全社向けのビデオキャストのなかでは、またもや、フェイスブック、スナップチャット、グーグル、ツイッターなどのチームに参加している価値が繰り返し述べられた。フェイスブックの新製品によって、ひとつの広告のなかに複数のビデオを埋め込むことができるようになった。とりわけ、そうした広告のひとつによって、トランプに投票する意思をもつ人が3・9パーセント増加し、一方で、ヒラリーへ投票する意思をもつ人が4・9パーセント減少した。
 投票する意思を持つ人が減少した……。
 心臓が、音が聞こえるほどに高なった。(p296-297)

トランプ氏が当選したのは、トランプ氏が支持を集めたから「だけ」ではなかった。アフリカ系黒人に放たれた「スーパープレデター」動画が、家庭を重んじる層に放たれたミシェル動画が、ヒラリー氏への投票を減少させた。恐怖を使って投票を阻止したことで、新時代の大統領が誕生した。

CA社がやっていることは情報の「悪用」とは言い切れない。顧客の情報に基づき最適な広告を届けるのはむしろ、定石とすら言える。だけど、このやり方に自然と嫌悪感が湧いてくる。自分がネット上に残した情報が収集され、その結果自分だけに、悪感情を喚起する広告が向けられているなんて。

このやり方の底にある考え方を端的に知れるシーンがある。CA社のトップがクライアントにプレゼンをする。その中で、映画館でよりたくさんのコーラを売るにはどうすればいいか?という命題を取り上げる。販売場所にもっとたくさんのコーラを置く?ブランドを浸透させるため広告を流す?そうじゃない、とCA社トップは言う。

(中略)「ここで立ち止まって、ターゲットとなる観客に視点を移し、『いったいどんなときにコーラをもっと飲みたくなるのだろう』と考えてみてください。観客に聞き回ってみれば、喉が渇けばコーラを飲みたくなる、とわかるはずです」
 アレクサンダーは、ここでもう一度、間を置いた。
 「ですから、やるべきなのは」と言いながら、クリックして次のスライドに進む。「ただ劇場の室温を上げることなのです」(p68)

映画館でコーラを売るには、室温を上げればいい。

たしかにミクロでは合理的だ。でも、そもそもを考えれば間違っている。室温を上げればたしかにコーラは売れるだろうが、映画を見る環境としては不快だ。つまりCA社は、目的を達成するためには前提となる社会を壊してもよく、顧客の心情が良くなろうが悪くなろうが関心がないと考えていることになる。

端的に恐ろしい。室温を上げてコーラを売ればいいと考える人が、顧客の心情をいくらでも知れる情報を持っている。放火魔が石油を手にしている。だけど、CA社が失脚したところで安心できないだろう。恐怖というライターを持って、情報を心待ちにしている人が他にはいないと言い切れるだろうか?

応急措置の抵抗策として、自分の行動意欲を削ぎたい人間は、自分の恐怖や憎悪を利用することを肝に銘じることだろう。自分の情報そのものが悪用されるのではない。情報を抜け穴に、この心に投げ込まれる恐怖の炎が、本当にやっかいなんだ。(染田屋茂さん、道本美穂さん、小谷力さん、小金輝彦さん訳。ハーバーコリンズ・ジャパン、2019年12月10日初版)


次におすすめする本は

D・A・ノーマンさん「誰のためのデザイン?」(新曜社)です。人に何かを誤解させるデザインは、誤解を促進するアフォーダンスを持っている。制作者の意図する機能がユーザーの使用をコントロールしきれないことを学ばせてくれる。デザインとはどうあるべきか、どんな失敗に陥りがちかを学べて、CA社の考え方のおかしさをさらに吟味できます。


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