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人間観を革新する劇的に面白い魚本ーミニ読書感想「魚にも自分がわかる」(幸田正典さん)

行動生態学者、幸田正典さんの「魚にも自分がわかる」(ちくま新書)が面白かった。いや、劇的に面白かった。隅から隅まで面白い。本書を読むと、人間が生物の頂点だというピラミッド的生物観がひっくり返る。


タイトル通り、魚も自己認識があることを実験で証明した本だ。ホンソメワケベラという小さな魚が、鏡に映った自分を自分として認識することを示した。

これまで自己認識というのは人間の特権と見られていた。デカルトの「我思う故に我あり」だ。その後、チンパンジーなど類人猿、さらに人間から離れてもイルカや一部鳥類のみにしかない能力とされていた。

それが幸田さんの研究によると小魚である。こうなると、自己認識能力は生命の発達の証よりも、生命の起源的な能力と考えざるを得なくなる。

さらに、魚に自己認識能力があるとなると、究極的には「魚に意識や心があるのかもしれない」という疑問も浮かぶ。だとすると、心理学や言語学、生物学のあり方そのものがひっくり返りかねない。

そのためか、幸田さんの研究は主に類人猿学者から猛烈な反発にあう。それだけ伝統的価値観を揺さぶる研究だったのだ。この反駁、批判に幸田さんが冷静にどう「再反論」していくかも本書の見どころ。いわば、革命を具体的に起こす方法が書いてあると言っても過言ではない。

実にロマン溢れる本だ。小魚の研究が、生物学の根本に突き刺さる。デカルト以来の常識が全て塗り替えられるかもしれない。21世紀になってもまだ、そういう研究成果が生まれ得るんだと驚いた。

その意味で、あらゆる研究が、予想外の形で人類史の核心部分にリンクするのかもしれない。改めて、合理性や生産性だけで研究を測ることは愚かなんだと思い至る。

幸田さんと、そのお弟子さんの研究にこれからも注目していきたい。きっとまだまだ驚かせてくれる。

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