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早期療育スタート1年の気持ち

子どもの早期療育に踏み出して1年の気持ちを記録します。また1年後、2年後、5年後、自分が振り返られるように。結論から言えば「早期療育にトライして良かった」です。

療育開始時点の子の様子

妻と共に、発達に不安を感じたのは1歳半検診を受診した1歳8カ月時点。指差しはゼロではないけれど、親に共感を求める様子が全くなかった。目線が合いにくい。モノの位置などに強いこだわりがあり、気にくわないと激しいかんしゃくを起こす。やり取りが少ない。

最初に妻に不安を打ち明けられたとき、激しく反発してしまいました。父親あるあるかもしれない。やはり一緒に過ごす時間が短いと、違和感を共有しにくい。そこで、子どもと2人きりで青空教室に出かけたところ、妻の不安を共有できました。近い月齢の子に関わろうとしない(おもちゃを無理やり奪ったり、その時に顔を全く見なかったり)。興奮すると金切り声を上げたり。注意しても、父の声を全く聞いていなかったり。「伝わらない感」「つながれない感」を感じて、「これは特性がありそうだ」と納得しました。

その時の青空教室の、空の青さは妙に記憶に残っている。帰り道、道端の樹木に触れて「ハッパ、ハッパ」と繰り返すわが子。たしかに言葉は出ているのだけれど、それは父に伝える言葉じゃなくて、ただただ自問自答している言葉で、とても寂しくなったのを思い出します。

療育開始時期と概要

不安を感じた1歳8カ月時点で父母揃って動き回り、民間の発達相談、専門医クリニックの発達相談を予約。民間は1カ月以内、専門医は1カ月後の1歳9カ月時点で受診できた。この専門医に「ASDの疑い」という診断をもらい、通所受給者証(公的支援)による個別療育を開始。開始時点はやはり、1歳9カ月。かなり早期段階です。

同時に、受給者証不要の民間個別療育を開始。公的支援と合わせて週2日、1時間程度の個別療育を受けることになりました。

この他、自治体主催の親子教室(集団療育に近い)を週1回、1時間程度続けました。親子教室のスタートも1歳9カ月時点。

以下、療育を通じて感じたことを列記します。

親の気持ちが安定した(親のための療育)

最も大きかったことはこれだと思います。

発達に不安を感じた親は「どうしよう」と暗闇に落ち込む。何かしてあげなきゃ。でも、何を?そして、さまざまな機関に相談しても「様子を見るしかない」という返答が多いと思います。専門医は混み合っていて、予約までには時間が掛かる。受診まで1カ月はまだ短い方だと思いますが、でも幼児を育てる親としては1カ月は永遠に近い時間です。1カ月も、私は子に何もしないのか?どんどん発達が遅れてしまうのではないか?

療育につながると、親以外に、子の発達を真剣に考えてくれる人が増える。子の特性に寄り添って、差別せずに心配してくれる人が増える。いわば「応援団」が増える。それは親にとって、どれほど心強いことか。

親の焦りは、より一層子どもにつらく当たる悪循環を生みやすいと思います。これが緩和されるのが、最大のメリットだったかもしれません。

ある発達障害の子育ての先輩は、「療育って、本当は親のためなんだよね」と言っていた。たしかにそうだなと思います。子を変えるのではなく、親が変わる。すると子も変わってくる面がある。

「人と関わるのも楽しい」が増えた

この1年でわが子は、目が合う機会や、顔を合わせてニコニコ、アッハッハと笑う機会が増えた気がします。それはたぶん、療育を通じて、楽しい関わりの機会を得られたからだと思う。「人と関わるのも(それなりに)楽しいな」と思ってくれているような気がする。

個別療育は1対1で、子どもができる遊びやコミュニケーションをやってくれる。できたら「上手!」と褒めてくれる。それがきっと、嬉しい。

親にはなかなか難しい。関係が近いからこそ、イライラも感じる。24時間一緒にいるからこそ成長・変化が見えにくく、褒める機会を逸ししてしまう。「おうち療育」が難しいのは、こうした要因からだと思います。

療育はポジティブな関わりを定期的に子に授けてくれる。子はそれを取っかかりに、親にも(さらに)キュートな振る舞いや、関わりをしてくれるようになる。すると、親の気持ちも穏やかになって、子がさらに安心できる。そういう好循環が生まれたかな、と感じます。

成長が可視化された

たとえば、最初はできなかった輪っか入れ(棒に輪っかをいれる遊び)。そのうち当たり前のようにできるようになって、驚きます。たとえば、輪ゴムを棒と棒の間にひっかける課題。最初はできなくて怒っていたのに、少しするとむちゃくちゃはまっている。

生活をしている上で、発達障害がある子の成長は見えにくい。身辺自立がなかなか進まなくて、焦ります。でも、療育は、回を重ねるごとにできることが増えたりする(やはり特性で、徐々に・段階的にできるわけじゃなくて、急にできるようになったりするのが難しいけれど)。

特性の理解につながった

わが子の場合、やはり相手の意図を汲み取ることが苦手。たとえば、AとBの「どっち?」という質問には、今も答えられない。そういうことを聞かれるとイライラしている印象がある。モノの名前を覚えるのは得意だけれど、概念(大きい・小さい、長い・短いのような)を理解するのは苦手。「ソファの上にあるよ」と伝えても「ウエ!」と言いながら手を上げて、療育でやった上下の運動をやったりしている。

でも、「言葉の理解が難しい」という特性の理解よりも、「モノの名前を覚えるのは得意だけど、概念を理解するのは苦手」という方がブレイクダウンされて、子どもの姿がくっきり浮かんできます

裏を返すと、子どもの「できること」が浮かんでくる。それを療育の先生が教えてくれて、親の自信につながったりもします。

これからも療育を続けていきたい

この1年でわが子は確実に成長した。それが年齢を重ねたことによる成長なのか、療育の効果なのか、判別は難しいです。

「療育は絶対にやった方がよい」とも言いがたい。わが子はたまたま、気の合う、そして理解のある療育提供者に出会えたけれど、全員が全員そうではないし、合う・合わないは大きいと思うし。

でも、もし療育を受けるかどうか、そのために受診するかどうか迷っている方がいれば、上記の利点があることはお伝えできると思う。子どもに合う療育とつながれれば「良かった」と思えることはきっとある。私は(私たち父母は)、少なくともいま、引き続き療育を続けたいと思います。

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