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「あるべき」をほぐすーミニ読書感想『春、戻る』(瀬尾まいこさん)

瀬尾まいこさんの小説『春、戻る』(集英社文庫、2017年2月25日初版発行)を読めて幸せでした。瀬尾作品の魅力は、家族関係などの「あるべき」を解きほぐしてくれること。それも説教くさくなく、優しく。本書では、「年下の兄」という、なかなか通常考えられない「家族」が登場し、あるべき家族像、あるべき人生の固定観念を溶かしてくれます。


年下の兄、というのはどんなシチュエーションにあり得るか?面白いなぞなぞです。本書は、このなぞなぞを解くミステリーとしても読めます。

主人公は、30代である種の見合い結婚直前の女性。彼女の前に、「兄」を名乗る男性が現れる。しかし、明らかに自分より年下。実際年齢を聞くと20代です。もちろん、女性に弟はいないし、兄もいない。ましてや年下の兄など、身に覚えがない。

覚えていないか?と問いかける「兄」。主人公はさっぱり。でも、主人公には思い出したくない過去があり、どうやらそこに、兄の正体を示すヒントがありそうではある。

でも、兄も、主人公も、そこには深く突っ込まない。謎を謎として、不思議な兄妹譚が進みます。

記憶を開くヒントとなった、兄(男性)のこんな一言が印象に残ります。

「ま、予想どおりに行かなくたって、さくらが幸せに思えるんならそれでいいじゃん」

『春、戻る』p169

予想どおりにいかなくても、いいじゃん。あなたが幸せに思えるなら、いいじゃん。家族ではない、他人の言葉。でも、こんなにも肯定的で、「家族にかけてほしい」言葉もないな、と思う。

『そして、バトンは渡された』では、次々と親が変わる女の子。『夜明けのすべて』では、PMSやパニック障害に悩む男女。「あるべき姿」から外れた主人公を舞台にあげつつ、シリアスにならず、「いいじゃん」の精神全開に突き進むのが、瀬尾作品の醍醐味です。

いいじゃん、いいじゃん。困難に直面した時、そう言い聞かせてみる。家族や、周りにいる大切な人にそう声をかけてみる。

すると困難の輪郭が、少しほぐれる気がします。

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