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札幌の雪が目に浮かぶ小説ーミニ読書感想「雪の断章」(佐々木丸美さん)

佐々木丸美さんの小説「雪の断章」(創元推理文庫)に胸を打たれた。たまたま書店でプッシュされていて出会ったこの本は、最新作でも話題再燃の作品でもない。発表は1970年代だという。しかし古びるどころか輝きを放ち続けている。舞台となっている札幌の雪のきらめきが、はっきり目に浮かぶような名作だ。

ダイヤモンドのように、さまざまな要素がキリッと鋭い。主人公である孤児の少女が、たまたま公園で出会った青年に手を差し伸べられて成長していく青春物語の要素。そんな少女が予期せぬ毒殺事件に振り回されるミステリーの要素。戦後の成長期の世相が色濃く移るような社会は小説の要素。全てがバランスよく調和する。

文章もまたキレがある。少女の一人称で進む語りは、思春期、そして大人になり切る前の初々しい感性が痛いほど感じられる。生きる意味とは何なのか?正義や善を体現しない人間に価値はあるのか?年を取ると「青臭いな」と思ってしまうような瑞々しい思考を、きちんと言葉に落とし込んでいる。そんな文章だ。

昭和という時代性も嫌みがない。もちろん男尊女卑や、精神論に偏った世界。それでも、そうした時代を懸命に生きた人がいるという当たり前の事実が感じられる。懐古でも断罪でもなく、昭和に生きた人が描いた昭和の世界で、すっと無理なく胸に入り込む。

書き出してみれば万能な小説のように描いてしまうが、それだけ丁寧に感想を書きたくなる作品だ。どこか間違って触れると、まさしく雪のように溶けてしまう、崩れてしまう。そんな恐れを抱かせる。

雪の話ばかりしている。それだけ、本作の中で雪の描写は気持ちが良い。

孤児である主人公は、ひらひらと降り注ぐ雪の清廉さに心を癒される。そして雪に救いを求め、答えを求める。まっすぐで真剣すぎる主人公が見つめる雪は、読者の心にも降り注いでくる。

冬に読むのにぴったりの小説だ。そしてこれだけ真っ直ぐな物語は、混沌とした今という時代にもぴったりではないかと思うのだ。

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