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異常とは何か?を問う小説ーミニ読書感想「教育」(遠野遥さん)

遠野遥さんの最新長編「教育」(河出書房新社)を読み終えた。またもや度肝を抜かれた。芥川賞受賞作「破局」を読んで以来、遠野作品のとりこになっている。


遠野遥さんの物語の主人公は変だ。ネジが外れている。今回もまたそうだった。

小説は主人公に感情移入するのが楽しみの一つだ。そのため主人公はある種、常識的な人物である必要がある。物語という「事件」に対して、読者と近い感覚で笑い泣き、時に抵抗していく姿が胸を打つ。それは単純化すれば、「異常な世界」に「普通の主人公」が「それは違う」とぶつかっていくのが小説なんだと言える。

遠野作品は違う。主人公は「異常な世界」に「はいそうですか」と従う。読者としては「え?」「いや、なんで受け入れるのよ」と戸惑いが湧く。「異常な世界」を「別に異常じゃありません」と生きていく「異常な主人公」。頭がこんがらがりそうだ。

こうした主人公を描くとやり過ぎになりそうなものだが、遠野遥さんの場合は微妙なバランス加減がうまい。受け入れるべきではない世界をそのまま受け止めてあたかも普通な感じで歩く異常な主人公は、遠野遥さんか村上春樹さんの作品でしか見たことがないと私は思う。その意味で、遠野遥さんという作家は稀有だ。

今回、「教育」は「1日3回性的絶頂に達するのが望ましいとされる全寮制の学園」が舞台。もうたった2行で異常だ。しかし主人公は淡々と生きていく。生徒たちは何としても絶頂に達しようと、異性生徒とところ構わず交わり、自室でも自力での行為にいそしむ。

時々、主人公はまともなのかと思わせる場面がある。たとえばこれまで戦略的に絶頂を与え合う関係だった女性の友人が、先輩男性から告白される。「彼女」とは言えないが、他の男性と関係することを想像すると嫌な気持ちになる。そうだよ、それでいいんじゃないか?と読者が思った直後、主人公は「でもこの子を引き止めたら、他の女子生徒と関係できなくなる」と思い至る。やっぱりダメですか。

物語は、異常な世界に従って生きられないさまざまな登場人物が出てくることで動き出す。性的行為に嫌悪する生徒、謎のハラスメントをする先輩。さらに、超能力だとか、恐竜だとか、催眠だとか、おおよそ普通の青春小説に入るはずのない要素がぶちこまれ、混沌とする。

読み進めるたびに、異常とは何か、正常とは何か、問い掛けられている気がしてくる。この学園ではおそらく、読者のような人間が異常なのだ。しかし異常な世界は常に異常で「安定」していられるわけではない。価値観が揺さぶられ、壊されるような気持ちになる。

こんな感覚は他ではなかなか味わえない。だから私は、これからも遠野さんの作品を読み続ける。

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