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村上春樹流・物語を愛する方法ーミニ読書感想『若い読者のための短編小説案内』(村上春樹さん)

村上春樹さんの『若い読者のための短編小説案内』(文春文庫、2004年10月10日初版発行)が面白かったです。文字通り、村上さんが若い人におすすめする短編小説を取り上げ、その魅力の味わい方を語る本。いわばハルキ流読書術。村上さんがどのように物語を愛し、血肉にしているかを学べました。


著者の読書へのこだわりが端的に現れているのは、「あとがき」でした。

 ひとつは何度も何度もテキストを読むこと。細部まで暗記するくらい読み込むこと。もうひとつはそのテキストを好きになろうと精いっぱい努力すること(つまり冷笑的にならないように努めること)。最後に、本を読みながら頭に浮かんだ疑問点を、どんなに些細なこと、つまらないことでもいいから(むしろ些細なこと、つまらないことの方が望ましい)、こまめにリストアップしていくこと。そしてみんなの前でそれを口に出すのを恥ずかしがらないこと、である。この三つは、真剣に本を読み込むにあたって、僕自身が常日頃心がけているポイントでもある。

『若い読者のための短編小説案内』p219

著者は「真剣に本を読み込むにあたって、常日頃心がけているポイント」だと明言している。そのポイントは三つありました。

1  何度も読む
2  そのテキストを好きになろうと努力する(冷笑的にならない)
3  疑問点をリストアップし、周囲と共有する(些細なものであることが望ましい)

たしかに、本書自体がその実践でもあります。著者は「一度読んだだけでは筋がつかめない」とか「読み返すと声に出して笑ってしまう」とか、紹介している短編小説を何度も読み込んでいる。どれに対しても愛情を感じるし、時には作中に登場する帽子に関するディスカッションで一章を終える。

この三原則は、村上春樹作品の登場人物の行動原理にも通じるものがあります。たとえば、最新作の『街とその不確かな壁』で当てはめてみると、主人公はマフィンが美味しいカフェに何度も通う。奇抜なファッションを抱えた元図書館長にシニカルにならず、その話に耳を傾ける。壁の中の街のかすかな変化を感じ取る。

三つのうち、どれが核なのかといえば、二つ目の「そのテキストを好きになろうと努力する」ではないかと思います。好きになろうとするうちに、私たちはその物語を何度も読むことになるし、小さな疑問点も大切にするようになる。

本書で紹介されているのは、いずれも日本人作家の作品です。よく知られているように、村上春樹さんは日本文学の表現よりも、米国などの作家のスタイルに惹かれ、その翻訳作業の中で独特の文体を獲得していく。やりようによってはいくらでも、日本文学に対してシニカルになれるのに、本書ではただひたすら、愛しか感じません。

そして、紹介されている短編小説には、いずれも何か「村上春樹的」な要素を感じます。いわば、「村上春樹をつくった物語」である感触が、にじみでているようです。

愛することで、その物語は血肉になる。クールでデタッチメント的なキャラクターが特徴的な(それが魅力的な)作品群をつくる著者が、そういった愛によって形作られているのは、なんだか面白いし、人間らしいとも感じました。

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