『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか』を読んで優生思想に抗う気持ちを強める
森下直貴さん、佐野誠さん編著『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか ナチス安楽死思想の原典からの考察』(中公選書、2020年9月10日初版発行)を読みました。発達障害の可能性が高い子を育てる親としては、読むのはしんどい。かなりエネルギーのいる本でしたが、読めて良かったと思います。
本書は、ナチスドイツのホロコーストや、その前段階として障害者を安楽死の名目で殺害した「T4作戦」の思想の典拠とされる『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』という論考を、真正面から考察する本です。『解禁』はナチスドイツの所業の原点になったことから、ある意味「禁書」「悪魔の書」として扱われていますが、編者はあえて、この本に向き合う。そして、そこに何が書かれているのかを、批判的視点で紐解き、考察します。
この原典がまるまる掲載されています。これを読むのがつらい。重い障害を抱える人に対する差別的で、当事者家族からしたら「おぞましい」と感じる表現が並びます。ここでは引用しません。
では、なぜ読んでよかったと思えたのか?それは、編者らの考察により、『解禁』で語られた障害者の排除の論理は、多分に「経済的」であることが分かったからです。
『解禁』では、生きることの本質の話から少しずつスライドして、障害者を排除する根拠に「社会の負担が大きい」ことを挙げています。むしろ、後半ではその論拠が重視される。
なぜなのか。それは、『解禁』の発行時期が、ドイツが第一次世界大戦に敗戦して巨額の賠償金を課された1920年だったことが影響しています。ドイツはそれまでの余裕を失い、社会保障の観点から経済的コストを伴う障害者のケアを切り捨てる論理を、知らずのうちに求めていました。
この経済的ニーズを叶えるために、人間として役に立つのかどうか、生きる価値があるのかという倫理的問いが「悪魔合体」したのが、ナチスドイツのT4作戦だったと言えるのではないか。
つまり、私たち人間の差別意識は、経済的情勢に左右される。差別の芽を摘んでいく倫理的活動は重要だけれど、それと並行して経済的視点を忘れてはならない。
端的に言えば、障害者差別を公言する人がいたとして、もしかしたらその人は経済的に困っているのかもしれない。だとしたら、差別に対して倫理でねじ伏せるだけではなく、その人の経済的困難を解消する視点も求められるはずです。
私はこれが、差別に対抗する具体的方策に思えたのです。だから、本書を読めて、読むのが苦しい本書を読み通して「良かった」と感じたのでした。
障害のある子の親御さんに無条件では薦められませんが、エネルギーがあり、この社会を子どもが生きやすくするためにはどうすればよいのか考えたいとき、一つのテキストになると思います。
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