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食事の脅迫性、排泄の懲罰性–ミニ読書感想「食べることと出すこと」(頭木弘樹さん)

頭木弘樹さん「食べることと出すこと」(医学書院)がとても心に残った。大学生の頃に潰瘍性大腸炎という難病になり、食事と排泄に大幅な制限のある暮らしを続けてきた筆者。その半生を振り返り、食べること、そして出すことの奥底に潜む問題を掘り下げている。

健常な身体を持つ人にとって、食べることは喜びだ。さまざまな味を楽しめる。そして誰かと一緒に食べることで喜びを共有できる。

しかし、難病を患うと食べることは苦痛になる。この変化は、健常な人にはどうにも理解が及ばないことが本書を読むとよくわかる。

たとえば、お見舞いの品に食べ物を持ってくる人がいる。病気の性質上「食べられない」と伝えても、「置いておくだけでよい」とか、「少しくらいなら大丈夫なんじゃない」と言われることがある。

これは、食べることは「喜びを分かち合うこと」であり、もっと究極的には「他人を受け入れること」につながっているからだ。食べないという選択は「私と一緒には食べられないのか?」という疑念を招く。この意味で、食事というのはある種の同調圧力がある、脅迫性のある行為だと言える。

対して排泄は、常に孤独な行為だ。トイレの大をする方は個室になっている。排泄は他人から離れ、一人で行うのが正常とされている。

しかし難病になると、排泄がうまくコントロールできない。率直に言えば、日常生活の中で突然「漏れる」リスクを背負っている。

このときの恥ずかしい思い、虚無感を著者は生々しく描写している。そして見えてくるのは、孤独である排泄をさらされることの、「恥晒し」を強いられるかのような苦しみ。排泄が懲罰的になる実相が見えてくる。

食事が脅迫的で、排泄が懲罰的になる世界なんて、想像もしなかった。想像もしなかった世界があることを、本書は教えてくれる。

あとがきによると、本書の完成まで5年の歳月が掛かったという。それだけ言葉にしにくいことを、懸命に形にしてくれたことに感謝したい。

自分が病や予期せぬ怪我をした時、再び本書を手に取るだろう。先人が残した大切な轍だ。

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