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システムの中で懸命に生きる私たちのための小説ーミニ読書感想「円」(劉慈欣さん)

「三体」シリーズで度肝を抜いた作家・劉慈欣さんの短編小説集「円」(早川書房)を読み終えた。どれも珠玉。「三体」でもそうだったように、劉さんの小説は大きなシステムと、その中で小さな生をまっとうしようとする人間を克明に描く。この物語は、いろいろ大変なこの人生を一生懸命に生きる私たちのためにある。

たとえば、紛争国の少女。たとえば、炭鉱の過酷労働で父を失った研究者。たとえば、極貧の村で教壇に立つ先生。「円」に掲載された小説の主人公は、理不尽な事情を背負いながら、「それでも生きていく」人物が多い。

そして、その人物にさらなる巨大な不合理がのしかかる。それでも、生きるのか?人生は生きるに値するのか?そんな深淵な問いが内包されている。

巨大なるもののスケールがとにかく大きいのが劉作品の特徴だ。凄まじいテクノロジーの時もあるし、そもそも地球文明を飛び越えて、宇宙に存在する別の高度文明を持ち出してくることもある。太陽が3つある「三体文明」による地球侵略を描いた「三体」のように、その想像力の大きさには目を丸くしてしまう。

自分は、劉さんが中国という巨大国家で生きていることがその世界観に無縁ではないと思う。とてつもない繁栄を享受しながら、共産党の一党支配という特異性。各作品の「巨大なシステム」に、影がチラついて見える。

しかしながら政治性に傾きすぎず、ある種、人類を俯瞰する視野の高さがある。読み終えた時に、はあと大きなため息が出る。人間の想像力は、どこまでもどこまでも広がっていくんだ。そんな想像力を持つ人類という存在は、これからどこへ向かうのだろう?

そして人類とは、劉さんが描く「名もなき個人」の集合であると思い至る。システムの中でちっぽけな私。しかしながら、その私を思いっきり生きてみようかと、なぜだか鼓舞されるのだ。そんな根本的な、本質的な「しなやかさ」みたいなものが、どの作品にも感じられる。

これからも、劉作品を読んでいこう。そう誓いを新たにする、傑作の物語群だった。

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