風土 梓

俳句と怪談、競馬を好むライター&介護士。 雑多な文章を公開していきます。 山…

風土 梓

俳句と怪談、競馬を好むライター&介護士。 雑多な文章を公開していきます。 山頭火賞入賞 ギャロップエッセー編集部奨励賞 伊藤園新俳句賞 など入賞歴あり!

最近の記事

生まれ変わる

 隔離生活一日目。  朦朧とする意識の中で、かすかにファンファーレを聞いたような気がした。  テレビではアイビスサマーダッシュの映像が流れている。異様だった。馬群が二手に分かれて、内と外で別のレースをしているようだった。  私は無性に嬉しかった。安堵すらした。いろんな生き方、戦い方が競馬にはあって良い。そしてなにより、どの人馬も無事だ。しっかり生きている。  見えない敵に蝕まれた私は、日常から引き離され、このあと死ぬかもわからない。しかし今見ているものは、好きな者たちが生きて

    • スノードラゴンの花束

       老人ホームの洗濯室を、私は競馬の予想室にしている。  テーブルにわざと洗濯物の山を築く。その陰に隠れるようにA4サイズのホワイトボードを持ってきて、スマホでJRAのサイトにアクセスする。ニヤニヤしながら、明後日に迫った、高松宮記念の出馬表を確認する。   介護の現場は残業がつきもので、とにかく拘束時間が長い。予想するプライベートな時間すら削がれてしまう。これは苦肉の策なのだ。全職員よ!あぁ許したまえ!  私は、ホワイトボードに内枠の馬の名前を書いた。それをたった今、派遣で入

      • イルカ取引き

        私と施設長の間には、ささやかな秘密がある。  機嫌をとってくれる若い女の子たちと、きゃっきゃうふふすることに余念のない40代の施設長。対して、本音と建前を使い切れず、スマートに仕事をこなせない隅っこ介護士の私。おまけに隠れてこそこそライティングの副業をしたり、俳句の投稿をしていて不真面目さがにじみ出ている。  おかげさまで一定の距離を置いてもらっていて、普段仕事の会話しかしない。  しかしG1シーズンになると、我々の関係は一変する。  管理室にはスタッフ用の棚があって、私の引

        • 5分だけ行方不明になる男

          老人ホームの個室の鏡を拭く私の前にいるのは、あきらかに未勝利馬の私。  努力はしているものの、出世も縁遠い介護職員の末端だ。趣味の下手な俳句を詠みながら、気に入った競走馬に少額を投じ、週末のささやかな楽しみとしている。  介護という職業柄、土日祝の休み獲得が万馬券並みに困難な月ばかり。私の施設ではなぜか、共用スペースのテレビで競馬中継を流すことはない。理由はとくに無さそうであるが、勝手にチャンネルを変更することは躊躇われる。問題は休憩室だ。競馬の時間には大抵お局様がどっぷりし

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