Show hut Trip 0

終わった。海を渡り、借金を増やし、帰ってきた。

が、人というものは強いもので、同じ痛みも2度目は随分やわらぐものだ。
今年の夏にクレジットカードを切ってカジノで大負けして500万円の借金を作ったが、今回は60万円で済んだ。本気でそう思っている。最後の金が尽きた時の痛み、日本に帰ってきて自分の置かれた状況を改めて考えた時に喉元に迫る嘔吐感、何も好転することなく相変わらず側溝の下から社会を見上げているような疎外感。
全部慣れていたので、まるで自分を遠くから見るもう1人の自分が本体で、僕という人形が傷ついているのを見ている気分だった。このダメージは耐える。なんとなくわかっている。

友達と一緒だったのも大きかったのかもしれない。もう8年の付き合いになる二人を初めて海外に連れて行った。YとJとする。Twitterを通して出会い、同じように受験勉強をし、パチンコ屋に通い、麻雀に明け暮れた。
Yは異常に朝に弱く、仲間内でも絶対に大学を卒業することはできないだろうと予想していたが、1番成績を上げて奇跡的に難しい私立大学に合格・卒業し、旅先でもPCを開いて時々仕事をするような社会人になっていた。気持ち悪いと思った。今回の旅でもPCを見かけたら取り上げている。

Jは元々頭がよく、もっと難しい大学に進んだ。数字に強く、スロットの稼ぎ方をみんなに教えていた。麻雀は強すぎるのであまり一緒には打たなかったが、確率を使うゲームにおいては右に出るものがいなかった。

今回は「Jの大学院卒業旅行」という名目での旅だったが、全員ギャンブルは大好きなので、上の口では

「今回は観光もたくさんしよう」

と意気込んでいたものの、財布の口は完全にカジノに向いていた。
全員1週間前から浮き足立っていた。浮ついたグループLINEも作った。

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「がーどまんチャンネル」というドッキリ系Youtuberが好きで、彼らが一度フィリピンに行った時に散々騒いでいたことに触発された。

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カジノで10万20万の勝負をするのに直前までパチンコ屋で遊ぶ男たちにツキはなかった。僕はクレジットカードの中のお金に合わせて現金も多少持っていたが、全部なくなってしまったのでとりあえずYに金を借りた。僕は今回の旅で通訳とガイドを兼任するのでこのくらいは当たり前に借りる。

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Yはこの中で唯一の社会人なので、無職の僕やJに金を貸す義務がある。「ノブレスオブリージュ」だ。新進気鋭のベンチャー企業の最先端で上ばかり見ているから、たまには落ち着いて足下も見ないといけないということを伝えたかった。

Yは朝に弱いので前日から僕の家に泊まった。「チャンネルがーどまん」で友達の家を破壊する動画を何度も見て小便を漏らす寸前まで笑った。自分たちではできない無茶苦茶を見るのは楽しい。彼らは友達のパスポートをフィリピンに置き去りにしてそのまま置いていった動画も撮っていた。酷すぎる。
Yは時々パソコンを開いて仕事をしようとしていたので、その度に取り上げた。

「仕事を忘れて楽しむんだろ」
というと

「いやいやいや、触んないで。今そういうんじゃないから。」
と返された。僕たちがもう26歳なのを思い出した。

その後Yは寝たが、この男を起こすのが僕の役割だったので僕はそのまま朝を迎えた。飛行機に4時間半乗るし、そこで寝ればいいと思った。

6時、7時と時間は進み、朝日が昇る。8時には出発する。天気は良好、Ready to start.

大人の力でYを布団から蹴飛ばし、顔面にドライヤーの温風を浴びせる。

「加納ォ!加納ォ!」

と言うとYはモゴモゴしていた。漫画ウシジマくんで加納が拷問されるシリアスなシーンだが、人を起こすのにもこの技は使える。

集合は日暮里駅にした。ここから僕たちはイケてる勝ち方を繰り返し、札束で顔を煽ぎながら現地のキャバクラで死ぬほど遊ぶ。1万2万がなんだって言うんだ。

僕たちはスカイライナーでストレスフリーに空港へ向かう。この金はJに借りたが、勝ったら返すので問題ない。

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鈍行で1時間少しの道のりを行って体力を消耗するよりも、スカイライナーで20分お喋りをしながら行った方が"ツキ"が残ると思った。

「最近インスタ始めたんだけど全然映えないんだよね」

「パチンコの写真ばっかりだもんね」

「てか愛姫の立ち回り教えてよ」

3人とも絶好調だった。大人の旅行はなんて楽しいんだ。

空港に着いてからタバコを吸い、飯を食い、Yが仕事用にとポケットWi-Fiを借り、タバコを吸い、免税店でタバコを2カートン買い、タバコを吸い、飛行機に乗った。パチンコ屋と雀荘に入り浸っている人間の9割がこうしてタバコを吸うので海外旅行に行く時にタバコを2カートン買っておいた方がいい。安いし。
ちなみに日本で買うタバコと海外で買うタバコは同じ銘柄でも全然味が違う。日本のタバコはちょっと不味いだけだが、フィリピンのタバコは不味くてスカスカだ。米で言うなら日本のタバコはお焦げで、フィリピンのタバコは真っ黒焦げだ。

飛行機に乗る際に、僕が持っていたワックスを取り上げられた。4,000円くらいする無駄に高いヤツだ。見た目に全く気を使わない僕は4ヶ月に1度くらいしか髪を切らない。「贅沢行為」であるため、伸びきったボサボサのマリモ頭のままいつも少し高い店に行き、オプションを全部つける。そして美容師に言われるままに金を払い、いつの間にかキラキラのラメが入ったワックスを買わされたりする。僕が持つ唯一のおしゃれグッズだ。

このワックスを空港のお姉さんに「液体なんで…」と言われ没収されてしまった。逆さにしても1cmと動かないカッチカチのものだったので液体に該当することをすっかり忘れてしまった。

「4,000円が…」と落ち込んでいると、お姉さんがわざわざどこからかジップロックを取り出し、

「100gまでなら持ち込めるんで移しましょうか…?」と言われたが、ワックスを指でこそいでジップロックに移し替えるのを彼女にしてもらうのは申し訳ないと思い断った。このワックスは一度指につくと洗い流さない限り取れないし、この後色んなものをベタベタにしてしまうのもかわいそうだ。

飛行機の中でテンションは最高潮に到達した。離陸に合わせて「Gに耐えられない顔」をしたが、2人とも見てくれなかった。僕はこれを飛行機に乗る度に必ずやる。今回はスベったようだった。

搭乗後しばらくはオフラインのブロックゲームで遊んでいたが、朝寝ていないのもあってすぐに眠りについた。寝る直前、ぐっすり寝たはずのYが毒殺されたのかと思うくらいヨダレを垂らしていたので顔の向きを窓側に回した。加納は死んだ。


えなりかずきと2人でトーク番組のMCをする夢を見た。僕がえなりかずきをひたすらイジるが、えなりかずきは「俺のイジり方はそうじゃないから」と言わんばかりに小さく抵抗するので番組自体もあまり盛り上がらなかった。

4時間半後、飛行機から降りると暑かった。フィリピンは赤道直下の国なので四季が無い。夏季と雨季(この雨季も暑いから実質夏季である)だけがあり、防寒着なんていらない。
フィリピンの気温が身体の芯まで届く。ゴミと飯の臭いが混ざった独特な空気が勝負勘のスイッチを押す。

「っしゃ、勝ちますか〜!」

空港の外。日本の100倍多いクラクションの波に掻き消されたが、多分3人とも同じ言葉を発していた。

旅が始まる。

次回の話↓

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