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山下一史指揮、大阪交響楽団定期演奏会「メンデルスゾーン交響曲第5番《宗教改革》」の快演は、地方オケの未来の可能性を示した(期間限定 無料記事)

山下一史指揮、大阪交響楽団定期演奏会「メンデルスゾーン交響曲第5番《宗教改革》」の快演は、地方オケの未来の可能性を示した





山下一史&大阪交響楽団のメンデルスゾーン「宗教改革」


今シーズン(2022年〜23年3月)から新たに指揮者に就任している山下一史が、シーズン最後の定期演奏会を担当して、メンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」を演奏。前半は、河村尚子のソロでシューマンのピアノ協奏曲と、マンフレッド序曲。
前半のシューマンの暗と、後半のメンデルスゾーンの明、というコントラストを意識したロマン派の王道プログラムだ。
ここでは、後半プログラムに焦点をあてる。


メンデルスゾーンの交響曲5番「宗教改革」は、実際には第1番の次に作曲されたが、不運が重なって長いことお蔵入りになり、メンデルスゾーンの没後に改めて再発見された曲だ。だが、作曲順を意識しなければ、作曲者最後の交響曲として十分に成熟した完成度を感じられると思う。元々、メンデルスゾーンという人は、若くして技術的に突き抜けた天才的な作曲家であり、また早逝してしまうので早すぎる晩年の楽曲も若書きの曲もどちらも完成度に遜色はないといえる。
そのメンデルスゾーン「最後の」交響曲は、タイトル通り、宗教的な主題が全面に出ているため、日本人には奇妙に敬遠されがちだ。メンデルスゾーンの人気曲として、ヴァイオリン協奏曲を別格とすれば、交響曲3番「スコットランド」、4番「イタリア」の2曲は数限りなく演奏されているのに、「宗教改革」は実演で聞ける機会が少ない。
その珍しい交響曲を、メインに据えた山下は、なんと暗譜で、新たな手兵オケをグイグイと引っ張っていき、ものすごい充実度の高さを達成させてしまった。
1楽章、序奏からいきなり入魂の演奏が始まり、堂々たる主題に入ると構成感がさらに重厚さを増す。テンポをじっくりと保って、ゴシック建築のような構築を感じさせる。
2楽章は、一転、あくまでかろやかに、夢見るように流れる。
3楽章は魂をこめた哀歌が、ヴァイオリンから各パートへ受け渡される。この5番の3楽章のメロディアスな美しさは、メンデルスゾーンの曲の中でも特に心に深く染み入る。単独で演奏されても十分、愛聴されると思うのだが、どなたかアーティストの人、ソロで歌詞をつけて歌ってみないだろうか?
さて、アタッカで4楽章、文字通りの天国的な美しい世界へ突入する。この楽章の最初はフルートの独壇場で、天使のような歌が響くのだが、このソロは昨年新たに首席奏者に就任した若い奏者で、初めて聴くその音色は実に輝かしく透明感がある。

※三原萌(大阪交響楽団HPより)


この4楽章、弦楽の構築的な合奏の上に金管のコラールが高らかに重なるクライマックスに、恍惚的なまでの感動があり、聴くものに、世界はまだ美しく善良だということを感じさせる。
充足感のあるフィナーレの力強いアクセントは、のちのシベリウスの5番フィナーレやブルックナーの5番フィナーレを先取りするような、意志的で力感のこもった音楽となっている。
山下一史が率いる最初のシーズンの締めくくりで、大阪交響楽団はロマン派との親和性の高さを見事に示した。




会場のザ・シンフォにホールは開場40周年



コロナ禍以降、久しぶりにクロークも再開していた


メンデルスゾーン「宗教改革」交響曲の魅力


メンデルスゾーンの交響曲中、なぜか日本ではマイナーな5番「宗教改革」をメインにして、客席は6割強の入りだが、大変な盛り上がりだった。このコンビに確実にファンがついている証しだといえる。
今回の「宗教改革」で堂々たる深遠な演奏を成し遂げたことは、日本のクラシック演奏史上、記念碑的だ。なぜなら、この公演は多くのハードルがあったからだ。
まず、山下一史が新たに大阪交響楽団の指揮者に就任した初シーズンを締めくくる演奏会だったこと。
よりによってそのメインに、メンデルスゾーンの交響曲中、マイナーさで一、二を争う曲を持ってきたこと。
タイミング的にも、強豪・大阪フィルが来シーズン、同じシンフォニーホールでメンデルスゾーン・チクルスを予定している向こうを張ったことになる。
さらに、今回の共演が人気・実力とも素晴らしいピアニスト・河村尚子で、前半で演奏するのが、これまた人気曲のシューマンのピアノ協奏曲だったこと。案の定、前半のピアノ協奏曲が終わると、帰ってしまった客がちらほらいたぐらいなのだ。
そんなハードルの高い状態を、あっという間に吹き飛ばし、メンデルスゾーンの5番は山下のまさに面目躍如の快演となった。河村尚子のあともちゃんと?居残った聴衆は、山下の演奏に圧倒された。山下が最後の一音の残響を惜しむように、じっと指揮台に佇む背中に、待ちきれない拍手がおずおずと、ためらいがちに起きたのだ。それが満場の拍手へとたちまち広がり、会場がまさに一体となった。長年このホールで演奏会を聴き続けている筆者にとっても、稀有な時間だった。
大阪府内になんと4つ!あるプロオケのうち、大阪交響楽団は最後発だ。元は「大阪シンフォニカー」という名前で、設立は一人の浪速女性の熱意がきっかけだった。他の3つのプロオケに比べて条件は悪いのに、個性的な演奏活動でむしろ一番目立っている。
今回、山下一史が率いる楽団としての方向性が見えた感じがする。熱心な固定ファンが確実にいることが今回のメンデルスゾーンの5番の大成功ではっきりわかった。新シーズンの締めくくりで山下一史の路線がファンから支持を得たことも証明された。
山下一史&大阪交響楽団は、地方オケの生き残りを賭けて、固定ファンに支えられながら、これまでマイナーだった楽曲を日本の聴衆に再認識させる演奏を続けてほしい。埋もれていた音楽を後世に残す演奏活動は、まさにメンデルスゾーンがやり続けたことだ。

にしても、メンデルスゾーンの5番は、なぜ人気ないの?
3番や4番よりむしろ感動的に盛り上がるのに。
いっそ、日本ではメンデルスゾーンの5番は「宗教改革」のタイトルを外した方が親しまれるかも?
宗教っぽい曲ではあるが、普通にロマン派交響曲として聴いた方が、素直に心にしみるかも。



偶然だが、この夜、金星と木星が接近!



※筆者の過去記事

実は過去に、山下一史指揮でメンデルスゾーンの5番「宗教改革」を聴いていた



https://note.com/doiyutaka/n/n4a1d1a323970

《「アマチュア音楽の魅力〜芦屋交響楽団」
故・芥川也寸志が育成に尽力したアマチュアのオーケストラは、日本の各地にあります。その一つが、芦屋交響楽団です。1967年設立、77年から芥川をトレーナーに迎えて、楽団の基礎を固めました。
このオーケストラは、年間数回の定期演奏会を中心に、充実した演奏活動を行っています。2006年には、ベトナム国立交響楽団との、現地での合同演奏旅行を敢行し、国際親善にも一役買いました。
「アマチュア音楽は音楽の本道である」という芥川の理想は、今も、芦屋の地に受け継がれています。
大正期以来、関西財閥の別荘地として、お屋敷町のイメージが強い芦屋ですが、そういう財界人が、率先して文化芸術を保護、育成したことも、忘れてはなりません。文豪谷崎が住んだ地でもある芦屋には、音楽における芥川の足跡のほか、美術でも具体派の拠点がありました。
現在の芦屋交響楽団のメンバーの職業欄をみると、そうそうたる企業の名前が並んでいますが、医師の方もいらっしゃるようです。オーケストラの財政面での支援にとどまらず、音楽活動を自ら率先してやろうという姿勢は、芦屋市民の文化芸術への高い意識を物語っていると思います。
そういうオーケストラを、定期的に指揮する1人、山下一史さんは、こう語ります。
「音楽に、プロもアマチュアもない。アマチュアのオーケストラだからといって、指揮の手を抜いたりはしない。むしろ、アマチュアの方が、つぼにはまるとすごい演奏をすることもある」
たまたま、芦屋交響楽団のコンサートのあと、指揮者の楽屋を訪ねたのですが、オーケストラのメンバーとの打ち上げに、上機嫌で出向く後ろ姿が、とても幸福そうでした。楽屋でも、オーケストラのメンバーが入れ替わりたちかわり入ってきて、その日の感動を語っていたり、と、本当に満足のいく演奏だったことがうかがえる雰囲気でした。
※演奏会データ
第66回芦屋交響楽団定期演奏会
2006年10月8日(日)
指揮:山下 一史
場所:ザ・シンフォニーホール
曲目:
J.ブラームス/悲劇的序曲 作品81
F.メンデルスゾーン/交響曲第5番 ニ短調 ”宗教改革” 作品107
B.バルトーク/管弦楽のための協奏曲 》


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