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「コロナ以後の読書〜村上春樹読書会と聖地巡礼」第1部 ⒎ 中編の楽しみ2

土居豊のエッセイ「コロナ以後の読書〜村上春樹読書会と聖地巡礼」

【コロナ前、村上春樹読書会で口角唾を飛ばしで議論し、大笑いしながら打ち上げの飲み会を楽しんだ】


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⒎ 中編の楽しみ 2
(1)『アフターダーク』で映画を楽しむ


村上春樹の問題作『アフターダーク』を、読書会で楽しくかつ真剣に討論したが、本作を一読してとても面白かった人と、怒って投げ出した人にはっきり分かれたのが興味深かった。あまりにはっきりと意見が分かれたので、「アフターダークは面白い小説か否か?」というテーマでディベートができそうなぐらいだった。
本作以降の春樹作品には、暴力描写が頻出するようになる。デビュー以来、常に時代を先取りして描いてきた春樹は、21世紀の暴力性を予見したかのように暴力を描いていくのかもしれない。それというのも、春樹の小説はデビュー当初「セックスと死を描かない」新しい小説、という書き方が目立ち、おしゃれなイメージとともに時代の最先端となった。デビュー作『風の歌を聴け』の主人公の一人「鼠」が書く小説のモットーも「セックスなし、死人なし」であり、作者自身がそれを実践したかのようだった。
それに対して、21世紀になって書かれた本作は紛れもなくホラー小説だ。それも単純なオカルトホラーではなく、心理的で精神的な恐怖を突き詰めたホラーであり、心の奥の暴力性をえぐる小説だ。かつて、米国のモダンホラー作家スティーブン・キングについてエッセイを書いたことのある春樹だけに、モダンホラーのノウハウを転用したとも考えられる。本作の悪の正体は一般市民の外見に隠れている点で、映画化で有名になった『羊たちの沈黙』に連なるサイコキラーものとしても読めるのではなかろうか。
映画といえば、本作には映画からヒントを得た描写が多い。中でもゴダールの映画『アルファヴィル』から名前を借りたラブホテルは、重要な場面での舞台となり、大きな存在感がある。映画の内容と直接関係はないのだが、映画から暗示された意味が隠されていると考えるのも面白い。
また、本作には春樹の他の小説とリンクする部分も多い。例えば、主人公の一人が語るセリフに、『1973年のピンボール』のジェイと同じセリフがある。テレビ画面を用いた不気味な描写は、春樹の短編『TVピープル』との類似が感じられる。本作を読んで、共通のモチーフが出てくる他の春樹作品を読み直したくなった参加者も少なくないようだ。春樹作品に共通する手がかりを求めて、似たような場面やセリフなどを比較し合う。読書会にはそういう楽しみ方もあるのだ。


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(2)『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の犯人を推理する


小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、ミリオンセラーになるなど話題作だった一方、否定的な批判意見も多く語られた。アマゾンの販売サイトに書き込まれた批判レビューがネット上で人気を博し、そのレビューを元に春樹批判本が出版されたほどだった。
本作を読書会で取り上げた際も賛否両論となり、活発に議論が交わされた。今回は、その議論の中で出た意見を紹介してみたい。
例えば「初めて春樹を読むので先入観なしに読んだが最後までもやもやが残った。題名には巡礼とあるのに、愛していたはずの死んだ女性の墓参りもしないのは疑問だ」という意見があった。確かに主人公の青年は、学生時代の仲良しグループから突然排除されたのち、あるきっかけで旧友たちを順番に訪ね歩くのだが、肝心の死んだ彼女の墓参には行っていない。
また「過ぎ去って初めてわかる青春の大切さを描いているのだが、たくさん書かれている事件の内容はどうでもいいので読み飛ばした」という意見もあった。小説のエピソードを真剣に読まずに作品のテーマを大づかみに理解する一見変わった読み方だが、そのやり方で苦手なタイプの小説を読み通せるのなら、賢明な読書法と言えるかもしれない。
また、読後に違和感を覚えながらも「その違和感を自分がどう解決するか、どう納得するかが大切なのだ」という能動的な読書に取り組もうとする人もいた。
一方、本作を隅々まで読み込んで楽しんだ人たちも多くいて、それぞれが作品の謎解きを試みていた。「女性二人は実は姉妹だった?」「ヒロインをレイプした男性は実は父親か?」などと、この文学作品をまるでミステリー小説のように読むのはとても興味深い。「題名の『色彩を持たない』というのが無彩色という意味であれば、登場人物は名前が無彩色のグループと彩色のグループに分けられるだろう」「登場人物の男女どちらも同性愛関係のグループわけも考えられる」などというように、小説の本筋から離れて裏読みする人までいたのには、さすがに納得はいかなかったが、そういう話も文学談義として大いに盛り上がった。様々な読みが可能なのが、本作の魅力なのだろう。最後は、「震災やテロなど不幸にあった人の、心の傷を巡礼する小説ではないか」という意見に、参加者は皆うなづいていた。


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(3)土居豊による、読みの視点〜読書会レポートや資料など


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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/