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幸福になる方法は人それぞれだけど、不幸を減らす方法は人類共通じゃないかなと思った話

どいまんです。秋になってきました。朝晩は冷えるので毛布の出番です

今回の私の考えについて、ぜひコメント欄であなたのお考えを共有していただけると嬉しいです。正解はないと思うのですが、世の中の方の多様な考えに触れてみたいなと思っています。

幸せをもっとカジュアルに扱いたい

資本主義、社会主義、共産主義など難しいイデオロギーは数あれど、「人は幸せになるために頑張って生きている」というのは共通の認識でいいのでしょうか。今回は「人は幸せになるために生きている」ことは自明のこととして話を進めていきたいと思います。(忙しすぎたりして幸せについて考える機会を持ちづらい現代だとは思いますが、ここはいったん置いておきます)

「幸せになる」と一口に言っても、抽象的だと思うんですよね。どうやって幸せになるかを考えると、まず幸せを定義しなければなりませんし、幸せを分解していくと、幸せになるためには途方も無いタスクが発生することが分かってグッタリしませんか?(笑) 私は度々そうなります(笑)

またあんまり幸せ幸せと口にするとちょっとスピリチュアルというか自己啓発的というか、「ちょっと私はその話遠慮させてください」という気分にもなります。

そこで、もっとさっぱり、カジュアルに"幸せ"を扱うためには、幸せを足し算で語るのではなく引き算で語ることができるのかなと気付きました。

トータル幸せ=幸福度-(マイナス)不幸度としてみる

幸せを増やすためにはまず、幸せを測れるようにする必要があります。

仮に今の幸せ具合を"トータル幸せ指数"として、今のトータル幸せ指数を仮に60としてみます。今のトータル幸せ指数60が仮に1でも上がったら、「幸せになった」ということにします。

トータル幸せ指数は"幸福度"と"不幸度"で構成されています。

毎日の生活の中でプラスの感情"幸福"とマイナスの感情"不幸"どちらもあるのですが、この足し引きで自分の幸せ具合が決まってくるんだと思うのですよね。

なので、"幸福度"を高め、"不幸度"を減じることでトータル幸せ指数が上がっていきます。

例えば"幸福度"75で"不幸度"15であればトータル幸せ指数60で、"幸福度"78で"不幸度"11になればトータル幸せ指数67と、7ポイント上がったという計算です。

そして、ここからタイトルにある通り、幸福度を高める方法は人それぞれだけど、不幸度を減らす方法は共通の方法があるのではないかという私からの提案が今回の主旨です。

幸福度を高める方法は人それぞれ

幸福度を高める方法として世の中で一般的に考えられているのは「たくさんのお金を持つ」「憧れの仕事をしている」「仲の良い家庭を持つ」といったところでしょうか。

世の中をマクロ視点で見るとこういったイメージが流れているのはほぼ間違いないとは思うのですが、ミクロ視点で個人的な知り合いと語り合ってみると意外と上記のような目標を持っている人ばかりではないかなと感じます。

「お金はいいから好きなことに没頭していたい」だったり、「上記を手に入れけど特に幸せとは感じない」人が意外と多い。

身の回りにいるトップを極めたエリートビジネスマンや社長でも、全然幸せそうではない人もいることは社会人になってからちょっとした衝撃でした。

なので、世の中で信じられている幸福の形は実は絶対の正解だというわけではなく、人それぞれ目指すべき幸福の形は違うのではないかと思います。人それぞれ目指すところが異なっているため、幸福度を高めるための共通の方法論は作りにくいのではないかなと思いました。

また、本質的に幸福度を高めるためには、長い期間努力しなきゃいけないことがほとんどです。

それに比べて不幸度を減じる方法はより一般化しやすそうなんですよね。

不幸度を減らす方がわかりやすく簡単

私が思う不幸の原因は大きく2つ。"劣等感"と"不安"です。

"劣等感"とは、「他人と比べて自分が劣っているのではないか」というマイナスの感情で、"不安"は「将来の自分は安心して生きていられるか」に対するマイナスの感情です。

これらの定義はおそらく哲学で語り尽くされてきたテーマなのかとは思いますが、私なりに解釈するとこうなりました。

今回は劣等感を減らすことで、トータルで幸せ指数を高めることができるのではないかという考えです。

人は毎日100回、自分と何かを比較している

現代日本を生きていると、なにかと自分と人とを比べがちです。

身体的特徴(見た目や能力など)、仕事の大きさ、資産の多さ、人間関係の豊かさ、経験の豊富さなど、自分の周りにいる人や外ですれ違う他人ともどうしても比べてしまいます。

人と比べて自分が優っていると感じる時には安心できるんですけど、劣っていると感じる時にはそれが強烈な劣等感、負の感情になるんですよね。

劣等感や不安によって(それを消すために懸命に努力する結果)健全に生きていける面も少なからずあると言えど、やっぱりあるべきではない感情だと思います。

見出しにある「人は毎日100回、自分と何かを比較している」は科学的に検証されたものではなくて私が今とっさにつけた見出しなんですけど、誇張ではなく無意識レベルでも毎日100回以上、自分と何かを比較している気がします。

比べるのは自分の存在意義を確認するため?

ここまでの流れから「劣等感を減らすには人と比べなければいい」というシンプルな結論で結べそうですが、ことはそう簡単ではないのが難しいところです。人と比べないようにするのがとても難しいんですよね。なぜなら、「人と比べてしまう」のには理由があるからなんです。

人と比べてしまうのは「自分の存在に対する絶対的な自信」がないからだと私は考えています。

「自分が存在している=生きていることは無条件に正しいことだ」という自信がないので、世間や他人からの相対的な位置や距離を確認することで自分の存在を確認します。

「正しくありたい」「世間から変だと思われたくない」そういった感情から、外と自分を比べることで自分が間違っていないことを確認するための行為なのかなと思います。

また、ただ相対的に確認するだけではなく、「他人よりも優れている自分」を確認することによって、自分の正しさを自分で納得しようとしている部分もありそうです。

ただ、「他人よりも優れている自分」を探すこの行為が、劣等感を感じるきっかけになっているんでよね。

「他人よりも優れている」世界では「他人よりも劣っている」状態が存在してしまう

自分の正しさを納得するために「他人よりも優れている」部分を探すことを始めると、そのゲームの中では「他人よりも劣っている」可能性が出てきてしまいます。なにかを理解・評価する尺度として優劣という概念を持ち出してしまうと、劣っている存在として他人を評価していたベクトルが自分に向いたとき、他人よりも劣っている自分の存在を認めざるを得なくなります。

一貫性の強い人ほど、自分の周りを評価していた尺度を自分にも適用しないと筋が通らないと思い、自分も周りからの優劣で判断してしまいます。

自分と周りを優劣で判断すると、あらゆることでNo.1になることは不可能なこの世界で、誰かと比べて自分が劣っていた場合に劣等感を感じることが不可避になります。これが不幸度を高めてしまいます。

優劣で判断する世界で、自分が全ての面で優れていることは不可能ですから、優劣ゲームに参加してしまうと、ある時点で必ず劣等感を感じてしまうことになります。

優劣ゲームに参加しないために

では、この優劣ゲームに参加しないためには、どんな工夫ができるでしょうか。一口に「人と比べない」と言っても、抽象度が高いテーマだと具体的な行動に移すことは難しいと思っています。

例えば私は、SNSには優劣で判断できる投稿をしない、という工夫をしています。インスタで投稿することもありますが、それは純粋に自分が楽しい、面白い、興味深い、美しい、と思ったことを投稿するようにしています。

他人に自慢したいことや、自分は他の人とはレベルが違うんだぜといったニュアンスが含まれる投稿、それは結局外と自分を比べるという呪いを自分にかけている事になるので、まわりまわって劣等感を感じるきっかけになってしまいます。

その一方で、SNSで投稿する内容にしても、他人と比べず、自分が本当に価値を感じた物を探すのって難しいんですよね。なぜなら、なにを本当に価値があると感じるか、その価値を判断する自分に自信がないからです。

価値があると感じる自分のモノサシに自信がないので、世間で良いと言われているものに価値を感じたくなります。

世間から評価されているから、その道の権威に評価されているからという基準で判断してしまうので、自分で本当に価値を感じているわけではなくても、価値があると感じてしまいます。

多くのビジネスにおいて、マーケティングやブランディングで人のこの特性を利用していますよね。

今回テーマとして扱っている"劣等感"と昨今話題になることの多い"承認欲求"も何らかの密接した関係がありそうです。機会があれば考えてみたいと思います。

自分の価値基準を育てるためにできる事

自分で価値を判断できるモノサシを作るためにはどうすればいいのでしょうか。

私ができるのは「日々、良いと思ったこと、悪いと思ったことの理由や背景を言語化して、たまにそれぞれの共通点を探して言語化する」ことを積み重ねるといったところでしょうか。

んー、まだ少し抽象的ですよね。自分の中では整理されているのですがこの説明では他の人には真意が伝わらない気がします。もっと良い表現を探す必要がありそうです。

終わりに

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今回扱ったこの3つのテーマについて、ここまで読んでいただいた方のようなタイプの人の考えを共有する場には価値があると思うので、ぜひご意見をお聞かせいただけると嬉しいです!

・あなたはどんな時に強く劣等感を感じますか

・あなたが優劣ゲームに参加しないための工夫

・自分で価値を判断できるモノサシを作るための方法


よろしくお願いします!

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