ここまでわかった犬たちの内なる世界〜#07 「嗅ぐ」ことで人の見えないものを見る
あなたは自分の鼻が今よりも100,000倍利くようになったら、いったいどんな生活になるのか想像したことがありますか?
体験することはもとより、人間には想像することがきわめて難しいイヌたちの“嗅ぐ生活 “を垣間見ていきたいと思います。
手初めに、クイズを出しますね。
犬の嗅覚クイズ
イエスかノーかの2択です。あなたの答えをどこかに控えておいてください。
答え合わせは、「狩猟能力テスト密着ルポ 」の後にやります。
「先に知りたいぞ」という方は、目次の「 クイズの答え合わせ」をクリックしてください。
においの道ーー狩猟能力テスト密着ルポ
筆者が、犬たちの “嗅ぐ生活 “を 目の当たりにした中で、最も印象的な体験からお話ししましょう
その日、私は、穴にもぐる短い足のイヌを追いかけていました。
ドイツのベルリン郊外の森の中で行なわれたダックスフントの狩猟能力テストに帯同していたのです。
ダックスフントの目標物はシカです。2日前には、約1キロの道のりに、200CCのシカの血液が撒かれています。
テストでは、それぞれの嗅跡追求能力が試されます。当日は、最終地点にむくろになったシカが置かれました。この2日間で、いろいろな獣たちが通っていることでしょう。当然、においが入り混じっています。
あいにくの天候です。早朝から降りそぼる雨は、時間が経つにつれ強まっていきます。そんな悪条件の中で、テストは行なわれました。
ダックスフントの原産国ドイツでは、この愛嬌のあるイヌは「テッケル」と呼ばれとても親しまれていますが、単なる愛玩犬ではありません。れっきとした狩猟犬です。しかもアナグマ猟だけでなくシカ狩りにも使われるのです。
ダックスの姿態と動くスピードに、シカもつい油断してしまうことがあり、猟師にとって好都合というわけです。
目の前の若いテッケルは、ときにジグザクの足跡を残しながら、ひたすらにおいを追います。
(この悪天候とイヌの若さから言って、まず不合格だろうな)
そんな思いがよぎりました。災害救助犬の場合もそうですが、若い犬ほど持久力に欠け、むだに動きまわる傾向があります。その分、体力の消耗も早くなります。結果、イヌによっては集中力を切らしてしまうのです。
しかし、私の予想は見事に覆されました。この若いテッケルは、少し時間を費やしたものの、シカの屍を見つけ、その肉にかじりつくことができたのです。
ダックスフントの犬種協会のメンバーによると、雨でもよほどの土砂降りでないかぎり、嗅跡の追求には深刻なダメージを与えないということです。
難敵はむしろ風だといいます。なぜなら、雨の場合、においが地面にしみ込むだけですみますが、風が吹くとにおいが拡散するからです。
🟢雨よりも風
結局、この日エントリーした4頭のダックスすべてが合格しました。
現場に立ち会ってみて、改めてイヌの嗅覚の鋭さを実感しました。
見えない相手を追跡できるのはなぜ?
嗅跡がポイントになる狩猟能力テストで、テッケルはにおいの跡から、どんな動物がどの方向にいるかを察知して行動したはずです。
警察犬が犯罪捜査で活躍できるのは、この能力があるからです。警察犬の場合、容疑者の遺留品のにおいを手がかりに歩行経路をたどっていきます。
そのためには、「足跡=においの跡」を追う必要があります。イヌたちの追跡活動を支えているのは、人の足の裏から分泌される汗に含まれる揮発性脂肪酸を感知できる能力です。
イヌは、どのようにして相手の進行方向を知るのでしょうか?
ある実験で、逃亡役の人が後ろ向きに歩いてみたところ、警察犬は足跡のつま先の向きを無視して、人がすすんだ方向を追ったと報告されています。
つまり、足跡のつま先の向きを見て、方向を判断しているのではないということです。イヌは足跡の「においの強さ」を比較してどちらが新しいかを判断するのです。
その都度、においの強い方向へすすむのは、
という関係性を見抜いているのでしょう。
🟡王者の働き
日本では警察犬としての活躍の場がありませんが、アメリカでは突出した働きをしているのが、嗅覚ハウンドの王者といわれるブラッド・ハウンドです。訓練を積んだブラッド・ハウンドは、容疑者がクルマで逃亡しても半径5キロメートル圏内くらいなら、確実に追い詰めるといいます。なんと600人以上の容疑者を探し出したブラッド・ハウンドも記録されています。
クイズの答え合わせ
✅Q1: 犬の鼻のシワ模様は「鼻紋」と呼ばれ、人間の指紋と同じ様に個性的でそれぞれが異なる
解答:Y ES
その通りです。ちょうど2つの人間の指紋が同じではないのと同じように、犬の鼻紋はその犬に固有のものです。犬の鼻をよく見ると、指紋のように隆起とくぼみのパターンを形成しているのがわかります。
仮に、首輪や鑑札なしで迷子の犬が見つかった場合、鼻紋で個体識別することができるでしょうか?
カナダのケネルクラブは1938年以来、身元の証明として犬の鼻紋を受け入れているといいます。
また、毎年1,000万匹のペットが 迷子になったり盗難に遭ったりしていると報告されている米国では、人間の指紋認証さながらに、鼻スキャンスマートフォンアプリが開発されています。まだ 開発されたばかりのようですが、今後拡がっていくかもしれません。
✅Q2:犬の嗅覚は、夏の暑い盛りになると低下する
解答:YES
犬は足の裏以外に汗腺がなく、人間のように肌の表面から汗を出して体温を下げることができません。 そこで、口を開けてハアハア息をすることで、口や舌から水分を蒸発させて熱を逃しています。
口を開けてハアハアするのと同時ににおいを嗅いで分析することはできないので、加熱状態になると嗅覚が低下するのです。
✅Q3:ラベンダーエッセンシャルオイルの独特な香りは、犬をリラックスさせる効果がある
解答:YES
ラベンダーエッセンシャルオイルは中枢神経系に作用し、 ほとんどの犬にリラックス効果があるとされています。
研究で、旅行中のイヌの興奮の抑制にラベンダーが有効かどうかをテストしたところ、ラベンダーエッセンシャルオイルを使用すると、犬は落ち着きを増し、発声も減少したと報告されています。
一部の獣医は(試験的に)待合室や診察室でラベンダーのにおいを拡散させ、軽いマッサージを行なったりしていて、実用的な代替医療として活用する動きもあります。
✅Q4:犬の嗅覚受容体遺伝子の数は、 アフリカゾウの半分よりずっと少ない
解答:YES
アフリカゾウは、約2000個もの嗅覚受容体遺伝子を持っていて、この数はイヌの2倍以上です。(☞ 次々回#09で詳述)
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