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長夜の長兵衛 (1) 朝顔

 

 長兵衛が寝坊助なのは今に始まったことではない。
 異国の言葉でearly birdの反対がnight owlだとか。不苦労。かように縁起が良いのであれば、ことさらに早起きすることはなかろうて。
 ところがそんな長兵衛が、ここ一週間ほど、いそいそと朝起きに勤しんでおる。

 朝顔を愛でているのである。
 しかと、朝顔の傍を通り過ぎる姐さんに見惚れている。
 もとはといえば、独り身の長兵衛の暮らしが殺風景なのを見かね、大家の金兵衛が、種を呉れたのであった。
 長兵衛の住まいはこざっぱりと片付いている。しかしながら、色というものがない。
 そこに、朝顔が咲いた。
 さすがの寝坊助も目が覚めるほどの紫。
 姐さんが通りかかって、あら綺麗だこと、と話しかけたものだから、ひとたまりもない。紅をさしてもいないのに、ぷっくりと艶やかな唇よ。

 長兵衛の朝顔は律儀に一輪ずつ開く。
 咲き続ければ、毎朝、姐さんに笑いかけてもらえる。
 水遣りの手に力もこもろうというものである。

 その朝、姐さんは最早、長兵衛の朝顔など目に留めぬ。いわんや長兵衛の顔をや。
 姐さんの隣には恰幅の良いお大尽。
 お付きの男たちが大切そうに鉢を抱えている。
 紫、紅、白、とりどりの朝顔。 

 二人は揃いの浴衣を粋に着こなしている。長兵衛の一張羅すら足元にも及ばない上物であることなど一目瞭然。

 ああ、成る程。
 長兵衛は独りごちた。

 わしの朝顔は一気にぱっとは咲かぬ。
 そのような暮らしは、向いておらぬ。
 毎朝、一つずつ。
 そのように、地道に金を貯めるのがよかろう。

 長兵衛は奥へ引っ込んだ。
 しばらくすると、めざしの焼ける香りが漂ってきた。


 <了>
 


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