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神々の甘噛み


 ステラに声をかけられるなんて思いもよらなかった。
 白い肌に細いあご、切長の目。すらりと伸びた脚、風になびく銀白色の長い髪。ちょっと人間離れした美しさには、羨望を通り越して畏怖の念すら覚える。
「サキの犬に会いたい」
 面と向かってそう言われた時、あたしは赤くなってしまった。
 彼女と仲良くなれるかもと期待したけれど、気後れしてしまう。だってほら、一緒にいたらあたしなんてゴミくずみたいじゃないの。
 他人には絶対懐かないシルバーが、ステラには一瞬で心を開いた。
 ライオンのたてがみのように豊かな首元の毛が、ステラの長い髪と戯れる。
 岬の向こうに漁火いさりびが揺れ。
 空には無数の星。
 美しい犬、美しい女、海、そして空の間に、言葉にならない囁きがかわされていく。
 シルバーをとられてしまうような気がして、呼んだ。
「シルバー、おいで」
 でもシルバーは来ない。そのままステラの隣に座ってじっとしている。まるで生まれてこのかたずっとこのひとと一緒にいたのです、と言わんばかりに。
「サキ、これ」
 ステラが小さな筒のようなものを手渡してくれる。
「望遠鏡?」
「覗いてみたらわかるわ」
 レンズの向こうに広がる海と星々の煌めき。
「サキ、回してみて」
 筒を回転させると視界がよじれて漁火と星が混じり合う。ぐるぐるするたびに増えていく多面体のような世界。どちらが上で、どちらが下だっけ、足元がおぼつかない。
「目を離しては駄目」
 叱責され、あたしはよろめきながら続ける。
「もっと回しなさい」
 逆らうことなんてできない。全身がステラの言いなり。目が筒に同化していくような感覚に囚われる。
 呑み込まれてしまいそうなあたしは悲鳴を上げる。

「わたしは宇宙おいぬ
 シルバーが語りかけてくる。ねえ、シルバー、そんな他人行儀な目をしないで。
「あなたが見ているのは宇宙万華鏡」
 無数のシルバーが近づいてくる。ねえ、助けてシルバー。
「あなたは宇宙塵うちゅうじん
「あたしは宇宙人なんかじゃない」
「違います。宇宙塵とは宇宙のチリ。宇宙ゴミ」
 無数の犬の後ろから無数の彼女が近づいてくる。あ、あ、シルバーの毛とステラの髪の毛。同じだ、銀白色に輝く毛、あたしの自慢のシルバー、他のどこにもいない唯一無二の犬。あんたたち、グルだったの。
 シルバーの声が無機質に響く。
「神々の甘噛みにかんがみ、たてがみにします」
 万華鏡の多面体が膨張していく。鏡の面と面の間が、少しずつ開いていく。
 こんなの見ていられない。
 開いて、開いて、開いて、開ききって。

 万華鏡だけが転がっている。
 それを拾い上げると、ステラは中から一本の銀色の毛を抜き取り、犬の首筋に加えてやった。
 犬は喜んで、ステラの手を甘噛みした。


 
 「貴男の犬に会いたい」
 あんな美しいひとに声をかけられるなんて思いもよらなかった。
 だってほら、一緒にいたら俺なんてゴミくずみたいじゃないか。

 

<了>

(本文1182字、ルビ込み)



 ピリカグランプリがやってまいりました、Yeah !
 
 ピリカさん、運営のみなさま、いつもありがとうございます。よろしくお願いいたします。


後記

 なんと、武川蔓緒さんの私選に入れていただきました!!

 

 そして、あのいぬいゆうたさんに、朗読していただきました!


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。