『狂四郎2030』近未来のディストピアが舞台でも、エログロがどぎつくても、とにかく純愛物語

ジャングルの王者ターちゃんの作者が描く、エログロありの近未来SF。1998年に第一巻が発売されているが、舞台となっている西暦2030年はもはや近い未来となっており、不思議な気持ちにさせられる。

この作品における2030年は絶望的なディストピアだ。ヒトラーじみた優生思想の持ち主たちが政治権力を握っただけでなく、バイオテクノロジーがその思想にある程度追いついてしまっている。

政府は性交や戦闘に最適化したデザインヒューマンを積極的に開発する一方、一般市民は男女を隔てて農業に従事させている。これは人口抑制策も兼ねており、男女の性欲はVRゴーグルをつけてのバーチャセックスで消化されている。

こういった世界観は、遺伝子編集技術がノーベル賞を受賞し、VR技術が注目を集めている2020年からみても一定程度のリアリティを感じさせてくれる(※)。

そんな中、殺人マシーンとしての過去を持つ狂四郎と、国家機関の天才プログラマーであるユリカが、VR空間内で出会い、純愛を重ね、ディストピア社会の壁を越えて実際に結ばれ、自由となるまでの物語である。

まずは世界観の設定に関心を持たされたり、シリアスの真っ最中にも頻繁に繰り出される徳弘正也の独特なお下劣ギャグに苦笑したりしながら、読み進めることになるだろう。しかし、読み進めるほどに「狂四郎とユリカの純愛が成就するか否かがすべて」という気持ちにさせられるだろう。舞台が近未来のディストピアだろうが、お下劣ギャグが2ページに1回挟まれようが、これはとにかく純愛物語なのだ。

二人の愛には多くの障害がつきまとう。ディストピア社会の構造、狂四郎を狙う刺客たち、ユリカを我が物にしようとする権力者たち…

しかし、何よりの障害は、それぞれの自己嫌悪だった。殺人マシーンとしての過去をもち、またユリカと会うための道のりでも剣を振るいつづける狂四郎は返り血を浴びながら、こんな自分にあったら失望するだろうと葛藤する。

一方でユリカも、国家機関の有力者たちの脅しの元、何度もレイプされる。生き残るための選択ではある。しかし、狂四郎へのうしろめたさもあるし、時には快感すら感じてしまう。こんな私が狂四郎とあっていいのかと強く葛藤するのだ。

こんな葛藤を抱きながら、直接会うことが困難を極める二人は、VR空間でお互いに慰めあい、救いのない日常に立ち向かっていく。

最終盤に入り、こんな葛藤を抱えあいながらVR空間で励ましあってきた二人が、現実世界で二人きりになる時間を手にする。その瞬間に両社の葛藤が吹き飛ぶシーンはとてつもない破壊力の名シーンだった。

絶望的な世界観、エログロ、頻繁に挟まれる下ネタギャグで、表立っては人に勧めづらい漫画だが、これは名作と言っていいだろう。

どうでもいいけど

ところで、この作品は途中まで”ヤンジャン!”というアプリで読んでいたのだが、そのアイキャッチ画像にはこうある。

「狂四郎2030 第三次世界大戦を生き延びた狂四郎は話す犬と出会い…?」

いや、確かに天才科学者の脳を移植された犬が相棒となるけどさ、そこじゃないよね?この文章書いた人、1話の10ページぐらいしか読んでないんじゃないの…。


※もっとも、人口問題のピークは近づきつつあり、その後は歯止めの利かない少子化と、超高齢化社会こそが課題となりそうだが。