読書メモ:『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』

購入のきっかけ

COTEN RADIO

ポッドキャストで「COTEN RADIO」をずっと聞いている。これはポッドキャストアワードを取るなど有名な歴史番組なのだが、加えて面白いのは、キャストの3名がビジネス側の人間、それもソーシャルベンチャーの社長や社員であることだ。

ソーシャルベンチャーというのは、「社会問題の解消」を事業目的の中心に据え、採算の取れるような事業プランはその後で必死で考えるような、新しいタイプのベンチャーを指すようだ。

この番組に触れることで、「ビジネス=利益追求」という自分の世界観が広がり、それは歴史を学べることよりも有意義だったかもしれない。

COTEN RADIO 番外編

COTEN RADIOには「番外編」がある。内容として、メンバー間の雑談会もあるのだが、ビジネスの世界で興味深い活躍をしている人を招いて話を聞く回もある。これが、回によっては本編以上に面白い。

そして、先週聞いたのが、『プロセスエコノミー』の著者、尾原氏の出演回だった。ここで、プロセスエコノミーの話も出たし、彼の経歴も面白く、興味をもった。その数日後、kindleの幻冬舎セールで7割引きに。これは完全に縁だろう。ということで、めったに読まないビジネス系の書籍に手をだしてみた。

本を手に取ったキッカケだけで随分文字数を割いてしまった。
以下読書メモ。

メモ①プロセスエコノミーとは

現代では、製品やサービスといったアウトプットの平均的なクオリティが向上の一途をたどっている。情報の流通がスムーズになったことで、商品開発からマーケティングまで効率的な手法が行き渡ってしまうし、何か不備があれば口コミが爆速で広がってしまい、強い淘汰圧がかかるからだ。

そんな状況で、アウトプットのクオリティだけで勝負していくことは、割りに合わない選択となってきている。そんな時代の新しい稼ぎ方として注目されているのが「プロセスエコノミー」だ。アウトプット自体だけでなく、そこに至るまでのプロセスそのものに価値を見出し、応援してもらうのだ。

具体例としてマンガ家が作業配信をして投げ銭をもらうとか、クラウドファンディングで運命共同体を作るとかがわかりやすいだろう。

メモ②なぜプロセスエコノミーが有望なのか

プロセスエコノミーを必要としているのは、企業だけではない。現在の消費者もまた、プロセスエコノミーを求めている。

今の若者は十分なクオリティのモノに囲まれた時代に生まれてきた。そのため、上の世代と違って、モノへの渇きがそもそもない。「モノを手に入れれば幸せになれる」という価値観自体がそもそも希薄なのだ。

一方で、今の時代だからこそ渇望されていることもある。何かを応援したいということだ。クリエイターの生きざま、会社の掲げるミッションなど、クールであると感じるものを見つけ、それを買い支える。「自分は〇〇を応援している人間だ」ということが、新しい自己表現となっているのである。サブカルでいうと、”推し”文化が出てきたことなんかも同じことだろう。

メモ③プロセスエコノミー時代のマーケティング

そんな時代に企業は何をすべきか。まずは企業が人類の未来に大してどんな影響を与えたいのか、美しいビジョンを提示することが第一歩である。

これは現代社会に深く浸透中だ。各企業がSDGsにどう貢献しているかをアピールし、消費者と投資家が利用する企業を選んでいくような世の中に向かいつつある。

さらに一歩進んで、新時代のマーケティングの在り方は「アウトプットを買い支えてもらう」にとどまらず、「プロセスの一部に参加させ、まきこんでいく」ものになっていくのだという。

消費者にとっても、「〇〇を応援している」よりも「〇〇の掲げる試みに参加している」ことの方が、より心躍る体験であるからだ。

それこそ、未成熟なベンチャー企業が夢を語り、出資やら知名度向上への協力を募る。こまめに支援者にお礼を言う。そんなことで、相手を巻き込んでいくのだ。

本書の5章ではプロセスエコノミーの実践例が紹介されるのだが、これがとても興味深く、BTS、ナイキ、Zapposなどがすでにプロセスエコノミーの成功を収めていることがよくわかった。これは是非本書を読んでみてほしい。

ここでは自分の経験に引き付けて書いてみよう。気づけば自分も、プロセスエコノミーに大いに巻き込まれながら、日々を楽しんでいる。

格闘技オタクとしての自分は、数名の格闘家を追いかけている。それは、リングの上での姿を追うにとどまらず、SNSをフォローして日々の努力の様子を追いかけたり、関連のYouTubeを見て楽しむという消費の仕方になっている。プロセスまるごとをパッケージとして楽しんでいるのだ。

そうやって思い入れを強めることで、その格闘家の試合が有料配信されているときに、抵抗なくお金を出してしまったりするわけだ。

Kurzgesagtもプロセスエコノミーの好例と言っていいだろう。YouTubeの収益だけでは活動をまかないきれない。そこでKurzgesagtは「科学の美しさを伝えたい」という理念を掲げ、高品質の動画をアップし続けることで熱心なファンを獲得している。さらに、そのファンに対し、patreonやショップなどて支援するための仕組みも作っているのだ。

自分はKurzgesagtの動画に日本語字幕を付ける活動を続けているが、これはまさに、「Kurzgesagtを消費するだけでなく、ミッションに共感し、活動に参加している」という状態である。本書でいうところの「セカンドクリエイター」にも該当するだろう。

別に、お金がもらえるわけでもないし、感謝されることもあまりない。それでもボチボチな自己満足感をこの活動から得られていたりするわけだ。

メモ④プロセスエコノミーの弊害

6章ではプロセスエコノミーの弊害が描写される。正直、心のなかで色々とツッコミを入れながら読んでもいたので、書籍内で自己言及があって安心した。

弊害の典型として語られる話はこうだ。

プロセスエコノミーを前提として、戦略を立てた人がいるとする。彼は自分の理念をキラキラとアピールし、ファンを獲得していく。ファンの盛り上がりのおかげで、何の後ろ盾もなかった彼は、予算を得て活動できる。

だが、次第に「ファンの期待に応え続けなければならない」という脅迫観念が生まれる。そして、ファンに「次はどんなことをしてほしいですか?」とアンケートを取り始めたりして、迷走を初めてしまうのだ。

個人の生きざま・理念に駆動されるはずのプロセスエコノミーが、次第に支持者の期待に答えるためのものにすり替わっていき、陳腐化していく。そんなリスクをプロセスエコノミーははらんでいるのだ。

登山家の栗城史多氏が事例として扱われていた。彼は登山家としては未熟だったのだが、実力に見合わない高い理念を掲げ、支持をとりつけてしまった。それゆえに自殺行為に等しい挑戦を続けざるを得なくなり、命を落としてしまったのだ。

雑感:掲げられた「物語」をどう吟味するか

最後に、これは本書にはない論旨なのだが、プロセスエコノミーにはこんな弊害もあるんじゃないの?という話を書いてみたい。

気になっているのは、「ウケのいい物語」が世の中を良くするとは限らないということだ。そもそも、プロセスエコノミーが金になると気づけば、口先だけでキラキラの理念を唱える計算高い人間だって大量発生するわけだ。SDGsウォッシュが典型例だろう。

他にも、有機農業なんてまさにプロセスエコノミーという感じがする。彼らは化学肥料と農薬を否定し、未来のための農業をしていますとアピールする。それに共感した人が、割高な有機農産物を買い支え、応援する。

しかし、有機農業が一般的な農業の上位互換かというと、そんな単純な話でもない。農薬を用いない防除には限界があるし、農薬の健康被害が大問題だったのは過去の話だ。現在では安全基準も厳しいし、その運用方法も合理的なものになっている。情報を刷新せずに農薬批判を続けることは、優れた農薬の開発者や適性な散布方法をとっている農家への風評被害につながるわけだ(※)。

こんな形で「ウケのいい物語」と「本当に必要なこと」にギャップがあるとき、プロセスエコノミーは前者を勝利させてしまうのではないか。そんな不安がどうしてもぬぐえないのである。

この懸念を払しょくするためには、人々が「物語」のクオリティを理性的に批判できるよう、学び続けるべきなのだろう。

しかし、プロセスエコノミーの実践者にとっては、共感を呼び、感情を刺激することが合理的となりそうだ(※2)。そんな働きかけのなかで、人々は感情に流されず、その物語が本当に「よいこと」なのかを吟味していけるのだろうか?

プロセスエコノミーは、企業にとっても消費者にとっても需要があることは事実だろう。そして実際に到来しているし、そのうねりは強くなっている。

しかし、「プロセスエコノミーがもたらす未来は明るい」という楽観は、自分にはできなかった。「プロセスエコノミーの時代にどのように参加すれば世界をよりよい場所にしていけるのか」ということを、少し煮詰めて考えたい。



※1 基本的な議論についてはkurzgesagtの動画がわかりやすい。

また、グリホサートやネオニコチノイドなどについての議論では、レギュラトリーサイエンスの専門家のブログが勉強になるだろう。

※2 例えば、以下の引用

前述した「システム1」(感情脳)、「システム2」(論理脳)のうち、どちらが作用するのか。多くの人は「システム1」(感情脳)によって直感的な情動を刺激されます。

第4章 プロセスエコノミーの実践方法 ”最強のブランド「宗教」に学ぶ”


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